西尾元秀さんインタビュー記事

西尾元秀さんインタビュー記事

対談9 西尾元秀さんに聞く、就学支援のすすめ

 

「みんなで就学活動」は、支援の必要なお子さんが小学校に就学する時にご家族が遭遇する困難や悩みを知るとともに、自分たちにとってより良い選択を描きながら就学できるようにするための“こうしよう”術を、みんなで対話し、つくりあげていくプロジェクトです。
ここでは高橋真さんが各分野の専門家を訪ねて聞いた、多様な視点と具体的なアドバイスをご紹介していきます。

第9回目にご登場いただくのは、「障害者の自立と完全参加をめざす大阪連絡会議」(障大連)の事務局長・西尾 元秀さんです。大阪を中心に、主に教育現場におけるインクルーシブの実現を目指す、いわば社会活動の専門家。今回は、地域による現状の違いや、医療ケア児の就学活動についておうかがいします。

西尾 元秀(にしお・もとひで)
障害者の自立と完全参加をめざす大阪連絡会議(障大連)事務局長。中学2年生の時、左脚の腫瘍が原因で下肢切断を余儀なくされ、肢体不自由者となる。大阪を中心とした障害者団体での活動は30余年におよび、当事者の声を聞きながら、教育・介護・移動支援など、地域と共に生きる、暮らし全般の課題解決に第一線で取り組んでいる。奈良県出身。

先進的な自治体で、地域差を乗り越えるものとは

高橋 真(たかはし・ちか。以下、高橋さん) 就学活動は地域による差が大きく、課題も多いと感じているのですが、そんな中でも大阪府は「ともに学ぶ」というインクルーシブ教育が先進的だとされています。

西尾さん 同じ大阪でも地域による違いはありますが、基本的に「地域の子はみんな、地域の学校に入れる」ことが大前提になっています。入学後のクラスが支援級か通常級(原学級)かといった、条件などは地域によって異なってしまいますし、もしもご本人やご家族が支援学校を選ぶとしたらもちろんそれも自由にできますが、「地域の小学校でみんなと一緒に学びたい」という希望が拒否されることは基本的にありません。

特に府内でも、北部の豊中市や箕面市は、かなり昔からインクルーシブな「ともに学ぶ」が実践されています。大阪では、医療的ケア児の看護師配置の法律ができる前から看護師の加配が進んでいましたが、例えば豊中市では、地域学校や特別支援学校のバス停までの、通学支援も制度化されています。

高橋さん 大阪府のホームページでも、障害児の就学先は本人と保護者の意向が優先されることや、地域で共に学ぶことなどがしっかり掲げられていますね。ユネスコによるインクルーシブ教育に沿ったことが示されていて、素晴らしいと思いました。

西尾さん 自治体の制作物やパンフレットなどは、私たちも細かく確認して、日本が批准した内容にそった形になるようお願いしています。手間の掛かることではありますが、行政も悪気なく、当事者の権利と違うことを書いてしまうこともあるため、少なからずチェック機能の役割も果たせたらと思うんです。

高橋さん 私たちも「みんなで就学活動」と掲げている通り、一人で活動するよりみんなで連携することが重要だと考えています。西尾さんのように活動をしてくださる方がいらっしゃることは大変ありがたいですね。

西尾さん そうですね。保護者の方と学校、あるいは自治体の間に誰かが入ることの重要性を感じることは多くあります。大阪のインクルーシブは、先進的な豊中や箕面などが話題になりがちですが、もともと大阪府全域において、医療的ケア児も通常級で学ぶことが大前提とされているんです。これは教育委員会を含めて認識していることです。

しかし同じ府内でも南の方の地域など、まだあまり「ともに学ぶ」が実践されていない地域の保護者さんからは、「通学バスに一人で乗れないので、支援学校に進学しようと思う。うちの子のような重度の肢体不自由の子で、地域の学校に通った前例はないらしい」といった相談がくることもあります。

高橋さん インクルーシブに向けた取り組みが浸透してない地域もあるんですね。

西尾さん 地域に情報が少なくて、学校からも「前例がない」と言われてしまったら、保護者の方々は不安になるでしょう。いくら我々が「看護師の加配制度があります」とか「通学するための支援も制度がある」とお伝えしても、半信半疑な保護者は少なくありません。

大事なことは、保護者の方々が気づき、納得できるまで考えて、どの学校に行きたいかを明確にすること。勉強会などを通して我々が情報をお伝えすることはできますが、学校を選ぶのはご本人とご家族です。

また、学校だって万が一のことが起きてしまったら不安だからこそいろいろなことを言ってくるわけで、そこをきちんと制度や実績の説明などを行って、話し合いをうまく進める第三者がいることは、とても意味があると思います。

世代を超えて広がる、小さな積み重ね

高橋さん 大阪は地域差があるとはいえ、基本的に地域の子は地域の学校に通う意識が進んでいていいですね。

西尾さん 60年代頃、人権の確立された社会を目指す部落解放運動がありました。その時、教師たちは保育や教育の現場において、みんなが同じように学べる社会作りに努めたんです。学校に来れない人たちにどうやって教育を受けてもらうか。教師たちを中心にした解放教育(同和教育)は、今のインクルーシブのベースになっていると言えるでしょう。

自分たちが作ってきたという自覚があり、だからこそ特に豊中市などのインクルーシブは安定してるんだと思います。

高橋さん 長い間積み重ねた取り組みは、地域の中にも、障害の有無にかかわらず「ともに学ぶ」ことにつながっていると思われますか。

西尾さん そう思います。我々のところに「うちの子は重度の医療的ケア児だから地域の学校に行けない」と不安な表情でいらっしゃる保護者の方も、お話しているうちに「そういえば、昔も学校に障害をもった同級生がいた」と思い出したりするんです。子ども同士、障害のあるなしに関係なく、一緒に学校生活を送ることはできる、ということを体験してる人が多くなってきました。行政や学校だけでなく、地域の方々も一緒にみんなでがんばって形作ってきたことだと言えます。

高橋さん 全体的にインクルーシブな教育が意識づけられている、ということですね。

西尾さん 年月を経た到達点にいると感じます。いろんな人が同じ学校で一緒に過ごした原体験をしている人が増え、いろんな当事者を受け入れやすい空気が醸成されてきた。結果的に教育委員会もその空気を認めてきました。そうした経験をもった世代が親御さんになり、次の世代にも引き継がれています。

今では、障害児を含めた地域に住む全ての子どもに、地域の学校への就学通知書を送るようになった市町が11まで増えました。

障害のある子もない子も、みんなに受け取って欲しい

高橋さん 障害のある子もない子も、全員に対して、地域の学校に通えるという就学通知書を出すのですね。それはいつごろ、どのような理由で出しているのでしょうか。

西尾さん すべての子どもに就学通知書を送る自治体は、だいたい10月頃に就学通知書を送っています。

現状の就学通知書は、多くの自治体で一定の障害のあるお子さんたちにはすんなりと送られていません。それは地域の学校に入学することが前提となっていないためです。障害のあるお子さんが地域の小学校を希望するとき、本来1月末までに届くべき通知書が、本当に年度末ぎりぎりまで届かないということも聞きます。ご本人やご家族の希望よりも、他の都合を優先するための説得をぎりぎりまで行おうとする影響を受けているんです。

そこで大阪府の中でも、こうしたことに関して意識の高い自治体では、まずは全員に対して地域の小学校に入る案内を出し、その上で、個々の希望によって私立なり支援学校なりに進学してもらう、という流れにし始めました。現状では全43の市町村の中で、11市町が行っていることです。

高橋さん そうした配慮があると、本当は地域の小学校に入りたいのに就学活動に対して二の足を踏んでしまう、という保護者の方にも良いですね。

西尾さん これは大変残念で辛いことなのですが、我々も長く活動している中で、医療的ケア児のお子さんが、病状が悪化して他界されてしまうことがありました。
そのお子さんは就学活動の時、市の就学相談の対応がよくなかったために、本当は地域の小学校に入りたいのに入れないと思いこんで、支援学校に入学したんです。しかし入学した後で、やはり地域の学校に入りたい、と1年生の秋頃に保護者の方が相談に来てくれました。

我々も一緒に教育委員会と話し合い、結果的に、2年生からは地域の小学校に転校することに決まったのですが、悲しいことに冬に急逝されてしまった。あの彼女の無念を思うと、僕は最初に入学させてもらえなかったことが許せないと思ってしまうんです。なので今もそのことは教育委員会に伝えて、必ず市町村に話してもらっているし、自分自身も、1日1日を大切に生きること、そして今日できることは明日に先送りしないように、と心がけています。

高橋さん そうでしたか。今、他の地域よりも先進的な背景には、積み重ねてきた意識の変容と、今も続くご活動の意義があるんですね。

西尾さん 就学通知を全員に送る11の地域の中には、まだ「ともに学ぶ」がそれほど進んでいない市町もあります。それでもまずは地域の小学校から排除しない、それを最低限のスタートにすることが重要だと思います。そして本当は、全国の市町村がそうなるべきだと考えますね。

高橋さん 地域ごとの取り組み、そして、全員が教育環境を選びながら生きる、という大切な視点をいただくことができました。今日はどうもありがとうございました。