第9回 林ご夫妻の”こうしよう術”

第9回 林ご夫妻の”こうしよう術”

第9回 林ご夫妻の”こうしよう術”

「みんなで就学活動」は、支援の必要なお子さんが小学校に就学する時にご家族が遭遇する困難や悩みを知るとともに、自分たちにとってより良い選択を描きながら就学できるようにするための“こうしよう”術を、みんなで対話し、つくりあげていくプロジェクトです。
ここでは、実際に就学活動を終えられた先輩方に、リアルな経験談をお聞きし、それぞれの方の知見を”こうしよう術”としてご紹介していきます。

前例はなくとも信じた、医療的ケア児のインクルーシブ

林 有香さん  名古屋に住んでいます、林 有香です。長女の京香は18歳で、定時制高校に通っています。首から下が動かせないという生まれつき全身の筋肉が萎縮する脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう)1型という難病のため、人工呼吸器をつけて暮らしています。

同じ病気にも様々な症状の違いがありますが、娘は、コミュニケーションは眼球と指先のわずかな動きで行います。学校生活でも、まばたきや眉毛の動きでイエスかノーを示し、高校受験などの試験も本人に必要な配慮を受けています。

林智宏さん  娘が小学校に入ったのは10年以上も前なので、今とはいろんなことが違っていて、国内法が整っていない状態でした。まずは保育園に入るためにどうしたらいいかと役所に相談しに行ったのが、最初の就園活動だったと言えます。その時、役所の方に障害のある方は療育センターに通うといわれ、そちらへ通うことを検討しはじめました。

有香さん  療育センターの中で、重度重複障害児を受け入れているところは名古屋で1カ所しかなかったのですが、そこでも人工呼吸ユーザーは前例がないと断られてしまい、そこ以外行き先がないため何度も夫婦でお願いして、やっと入園が叶いました。
その後、人工呼吸器を付けた人たちの「バクバクの会:人工呼吸器とともに生きる」という当事者・家族の会に入ったことがきっかけで、地域の保育園に入れることを知り、保育園にも通う道を選択しました。療育センターと保育園の両方に通園してみると、子どもは子ども同士が大好きで、お友だちと一緒に過ごす時間によって娘もすごく楽しそうに元気になっていったんです。

保育園のお友だちも娘の吸引や胃ろうといったケアに興味をもってくれたり、自分から積極的に関わろうとしてくれて、障害がある子もない子も一緒に生きるのが自然だと考えるようになりました。また、ちょうどその頃、バクバクの会の仲間から、大阪で地域の学校に入った医療的ケア児の事例を知ったことも通常学級を選ぶ上で大きかったです。

とはいえまだ現在のような障害者差別解消法や医療的ケア児支援法が施行される前で、名古屋には医療的ケア児が通常学級に通う前例もなかったので、自分たちで積極的に動くしかありませんでした。『名古屋「障害児・者」生活と教育を考える会』に相談して、教育委員会との交渉、市長への手紙、講演会、メディア取材、CBCテレビにドキュメンタリーを作ってもらったり、記者会見をしたことも。今よりも情報などは少なかったですが、インクルーシブを願って就学活動をしていたと言えますね。

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幼稚園や保育園のお友達と普段生活する様子を見て、
これからの就学先を考える。

通常学級の入学のために、障害当事者・経験者と出会う

 

有香さん  今わたしたちは、全国の医療的ケア児をはじめとする保護者からの相談を聞くことも多いのですが、娘の頃と比べ法律ができたとはいえ、小学校選びにおいてはまだまだ課題の多さを感じることが多いです。

例えば、地域によって支援の格差があることも気になりますし、自分たちの希望と異なる学校や学級を強く勧められてしまうと心が折れたり、諦めてしまう保護者の方も少なくありません。やはり、自分の希望する学校に行けるようサポートしてくれる障害当事者、CIL(自立生活センター)、家族会とつながることが大事だと思います。いくら法律が定められたとはいえ、単独行動で強い意思を持ちながら活動し続けることはとても大変ですから。

智宏さん あと、実際に同じような経験をしている人の話を聞く機会は大切だと思います。障害当事者が主体の会とつながりを持つことで、何歳の時にどんな準備をした、こんな工夫をした、これがあると楽しいなどの具体的な体験を知ることができます。やっぱり、同じ子育て世代の人とのつながりはあっても、成人した障害当事者とのつながりが少ないと思うんです。なので、障害のある子どもがどう成長していくのかという未来が想像できない。多くの当事者の人とつながり、成長過程を知らないとなかなか子ども目線を理解することって難しいんですよね。

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「最初の分離は一生の分離」保育園からみんないっしょ

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当時者目線と親目線は同じではないことを知り、
子どもファーストをチームで考える。

特別な存在ではなくふつう。通常学級で得たもの

 

智宏さん  特に今になって思うことは、通常学級は、「通常学級のペースについていける子しか入れない」というイメージが定着しているけれど、それは間違いで、「通常学級で生活できるよう適切な支援を受けることができるのがインクルーシブ」なことだと思います。娘は適切な支援が受けられるよう学校や教育委員会と話合いを続けてきました。うれしいこと、楽しいこと、悲しいこと、怒れること、全てあたりまえに経験してきたことが現在の娘のたくましさにつながっていると思うんです。人数の限られた支援学級や学校では経験することが難しいこと、例えばクラス全員でひとつのことを達成する集団行動の感動や何気なく自宅にともだちが遊びに来てくれたり女子会など同世代の子たちといまだにつながりがあるのはよかったなぁと思いますね。

有香さん  どうしても障害があると親は守ってあげたくなるけど、子どもの成長や人権を考えると、どの子もありのままを個性として受け入れられるような社会であってほしい、と思ったのが通常学級に通わせたいと思った原点です。実際にはいろんな個性の子がいて、そういう多様性が溢れるクラスで娘が特別な存在ではなくふつうに溶け込んでいました。いっしょに育ってきた日常は、子どもたちにとっては“ふつう”なんです。それは育ってきた環境をあたりまえと認識して成長してきたから。いろんな子がそれぞれに個性があって良いんだよ、と思えるクラスの雰囲気があったように感じます。
そのような雰囲気を作っていく中で、私たち夫婦が大事にしてきたことは、通常学級で必要な支援を望むことは特別扱いではなく合理的配慮であり、その違いを理解してもらえるように常に対話を続けてきたことです。合理的配慮は、学校側が気配りするものではなく、当事者が学校へ困っていることを伝えることから始まります。

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通常学級の中でみんなと平等に生活するための
欠かせないキーワード「合理的配慮」を
学校に理解してもらえるよう保護者から対話の機会をつくる。

ドクターとの連携や、さまざまな制度を用いた合理的配慮の相談

 

有香さん  あと、医療的ケア児で地域の通常学級に入学を希望する場合、入学前に案内が届く就学児健康診断を受けると、支援学校を勧められることが多いです。任意なので断ることもできるのですが、お知らせが来ると行かなくてはいけないものだと思っちゃいますよね。
地域によっては、就学通知が先にくるところありますが、ほとんどが健康診断の後に届くシステムなので、ここで障害の有無で支援学級や支援学校へ振り分けられてしまうことに問題を感じています。

智宏さん  障害をもつ子どもの場合、主治医がいるので、病院の先生と連携をとって学校生活の準備をしておくことが重要です。就学児健康診断を受けない場合、小学校側に入学前に、主治医を含めた三者面談の機会を作ってもらうと良いと思います。ただし、インクルーシブにネガティブな医師であるとマイナスになることもあるので、日頃から医師とのコミュニケーションも大切です。
学校が心配することは子どもの安全性なので、主治医の立場から、普段の体調の安定さとか、医療的ケアのできる看護師等の支援者がいれば学校生活も問題ないことなどを伝えてもらえると、それだけで学校の先生たちも安心してくれます。

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主治医と連携して、子どもの体の状態を
学校側に知ってもらう機会をつくる。

有香さん  看護師の加配などについては、今は法律で合理的配慮が定められたので、学校や自治体に「合理的配慮として看護師配置をお願いします」と伝えれば支援が整う事例も増えてきました。地域によって差はありますが、名古屋の場合は介助アシスタント制度というのもあります。これは学習補助をしてくれる人で、娘が中学生になるまでは学校の先生がしてくれていたことでした。娘は高校からこの制度を使わせてもらって、医療フォローは看護師さんに、授業のフォローはアシスタントさんに、とそれぞれにサポートしてもらっています。

医療的ケア児の特徴のひとつとして、通学に伴い、家の外に連れていく手段に悩む声を聞くこともあります。これも地域によってはリフトカー制度があったり、ヘルパーさんが送ってくれる移動支援制度があるところもあります。制度がない地域だと保護者の方が学校まで連れて行くことになるんですが、その場合、行政と当事者、支援者で話し合うと他の解決方法を探ることができると思います。

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学習支援、移動支援など、住んでいる地域にある制度を把握する。
もしも必要な制度がない場合、
行政と当事者、支援者で話し合うことで前進することも。

保育園・幼稚園から小学校へ連続した合理的配慮と仲間

 

有香さん  地域の保育園や幼稚園から地域の小学校に入ることができると、顔見知りのお友達がいることが多いので、お子さん本人にも、保護者の方にもとても助かることが多いと思います。娘の後輩の呼吸器ユーザーのお子さんは、保育園の時から看護師の配置が実現し、小学校では、先生よりも周りのお友達がその子のことを知っていてくれたおかげで学校生活もいろんなことがスムーズだったそうです。

その方は、最初は単独で交渉したら幼稚園に断られたため、私たちが所属する「名古屋「障害児・者」生活と教育を考える会に就園活動を応援してもらい、無事に入園されました。そして数年後の小学校入学を見通してエレベーターを付けてもらうことも叶いました。入学してからエレベーター設置の交渉をし始めたのでは、完成するときには数年後になって卒業してしまうこともあるので、早めに交渉を始めておくことも大事だと思います。

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小学校入学を見据えて、幼稚園や保育園の先生とも話し合いの機会をもつ。
施設の改装などを検討してもらいたい場合は、
幼稚園や保育園の時から学校や教育委員会への相談を始めておく。


有香さん 
 医療的なケアが必要な子や知的障害があっても障害の種別、重い軽いは関係なく通常学級で適切な支援を受け、学校生活をおくることができます。小学校からではなく、就学前の就園のタイミングから地域の園に通い、お医者さんや支援団体など、いろいろな人とつながり話し合うことが大切です。さらに今は法律も変わり、多くの合理的配慮が求められるようになりました。

智宏さん  これから就学活動をされるお母さん、お父さんには、学校や学校の先生、行政と話をする際にも、本を読んだりネットで調べるなどして、インクルージョンの理念やそれを実行するための障害の人権モデルや合理的配慮などの知識を身につけて、理解を求めていくことが大切だと思います。

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▪️障害者権利条約:わかりやすい全訳でフル活用!
▪️つまり「合理的配慮」って、こういうこと?!共に学ぶための実践事例集

様々な方の就学活動を知ることで、ひとりでは”どうしよう?”となってしまいがちな就学活動も、みんなで知恵を出し合い、“こうしよう!“と思いを新たに、新しい一歩を力強く踏み出せるのではないでしょうか?次回も、ぜひご覧ください。