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社会の課題に、市民の創造力を。

『進化思考』新刊出版記念 
太刀川 英輔 × 筧 裕介 対談レポート

2021年4月、NOSIGNER代表であり、デザインストラテジストの太刀川英輔氏による新刊「進化思考」が出版されました。

本記事では、2021年4月23日にBOOK SHOP無用之用にて、出版記念として開催した太刀川氏と筧裕介(issue+design代表・BOOK SHOP無用之用共同店主)による対談イベントの様子をお届けします。

太刀川氏は、東日本大震災の直後に被災下で生き残るためのデザインを共有するためのWebサイト「OLIVE」を立ち上げたほか、東京の全670万世帯に配布された「東京防災」のデザインと編集を行い、新型コロナウィルス対策のプロジェクトPANDAIDを推進するなど、幅広い分野で多くのデザインプロジェクトをマルチセクターとの共創により実現。プロダクト・グラフィック・建築・空間・発明の領域を跨ぎ、社会の中でのデザインを続けてこられました。

一方で、デザインや発明の仕組みを生物の進化から学ぶ「進化思考」を提唱し、創造性教育にも力を入れています。太刀川氏は、「創造性とは天才だけに与えられたものではない。誰もが頭の中に創造性の種を持っている」と説きます。出版された「進化思考」という書籍は、まさに多くの人が創造性を発揮するための思考法を太刀川氏が体系化したものです。

体系化の指針となったのは、自然界で起こる現象で、「創造」とよく似た「生物の進化」でした。進化のように考えれば、誰もが総合的になれる。それが「進化思考」という発想法です。

おおまかに説明すると、進化思考では、アイデアは「変異による試み」と「適応による選択」を繰り返すことで螺旋構造のように発展していくというシンプルな考え方をベースとしています。

(太刀川氏の「進化思考」ワークショップスライドより)

さらに、「適応」では物事を観察する視点が「時空観」と呼ばれる4つに分けられるとされています。時間軸では、過去の系譜をひもとく「系統」と、未来の希望につなげる「予測」。空間軸では、構造内部に着目する「解剖」と、外部とのつながりを意識する「生態」に分けられます。

(太刀川氏の「進化思考」ワークショップスライドより)

太刀川氏のトークが進むにつれ、この文章を書いている私自身も、自身が現在携わる仕事やプロジェクトを進化思考に当てはめて考えてみたくなりました。それによって思考が整理され、新たなアイディアの芽が産まれていく体験はとてもワクワクするものでした。

太刀川氏のトークの後に続いて行われた対談では、筧から投げかけられる感想や質問に、太刀川氏からも次々と新たな言葉や思考が紡ぎ出されました。参加者による質問も続き、予定時刻を超え、大盛況の時間となりました。

「進化思考」を取り入れた教育のアップデート

参加者
教員です。進化思考の考え方を広めようと思っても、新しい概念を受け取れる土壌がなく、なかなか環境が変わりません。どうしたらいいでしょうか?

太刀川英輔(以下、太刀川)
学校の中から変えていくのは、学校側の「適応圧」があってなかなか難しいですよね。社会は入れ子状になっています。大きなものをいきなり変えようとせず、変化を起こしたい対象を扱いやすいサイズに因数分解し、そこをきっかけにして全体を制するというのがひとつの方法かもしれません。

まずは小さな単位に進化思考を適用してみるのはどうでしょう。大きな目標に対しても、小さな異なるアプローチからでも到達できることがあります。

もう一つは、相手より大きなものを借りてくることです。「系統」的には歴史の中の言葉、「解剖」的には法律や制度の目的、「生態」的にはユーザーや社会の声などです。適応の探求によって客観性を持った観点を示せるので説得力が増し、提案が通りやすくなると思います。

筧裕介(以下、筧)
今の周りの環境が、挑戦できる生態系であるのか?という視点も大事ですよね。今はその時じゃないなと思ったら、環境が変わってくるまで置いておくこともあります。

太刀川
それはありますね。あとは、試行的にチャレンジする場所があればできることとか、どんな人が集まったらできるのかとか、どんな生態系なら挑戦できるのか、日頃からイメージしておくことも大事かもしれません。


教育ついては今後、どんな取り組みを考えていますか?

太刀川
一つ目は、既に専門性を持っている社会人へのアプローチです。例えば、コンビニでは毎日発生する食品廃棄物を減らすことが求められていますが、これはコンビニ店員や社員だからこそ取り組めることですよね。しかし実際は、取り組める能力や立場にあっても、周囲の適応圧が強いために、動きにくい状況があります。まずは自分自身も変化を促せる立場にあるんだと自覚する人が増えると良いですね。そういう人たちと一緒にコンセプトを考えると、今とは違う結果に辿り着けるものです。

二つ目は子どもへの教育です。この本(「進化思考」)の子ども版を作りたいんです。「生態」的な絵本や「解剖」的な絵本や、「変異」的な絵本等を開発してみたいです。こうしたツールを使い、変異も適応もバランスよく学んでいくこと。そうすると、「実はこういう風に世界はつながっているんだよ」といった思考を教えられると思います。それから、その絵本を活用している保育園のようなものを誰かと一緒に運営できたら素敵だなと思ったりします。

筧 
幼稚園生の頃までは一日中絵を描いて褒められていた子が、小学校に入ってから急に社会的な適応を求められるような世の中になってしまっていますね。

太刀川
「与えられる適応」って怪しいんですよね。「コケたら痛かった。だからコケないようにしよう」といったように、「自分で確かめた適応」が大事だと思うんです。コケたらダメな理由を「解剖」的に「生態」的に読み解いていく知恵を培っていくと、次はどんな状況でもその状況に対する適応状態を自分で想像できるようになる。こうした想像力が無いと、近視眼に陥ってしまっていじめとかにもつながりますよね。


そうしたことは、学校で習えることなのでしょうか?

太刀川
今はろくに教えていないですが、絶対習えるようにできます。例えば、ゴミが捨てられた後に、その行き先を追いかけてみる生態の授業があったら。ものを分解してみる解剖の授業があったら。つながりを全部理解するのは無理だけど、今より2、3歩先に想像力を広げることは、充実したプログラムさえあれば、練習次第で数ヶ月でできるようになると思います。


一方で、国数理社英といった科目をきっちり積み重ねていくことは、すごく時間をかけないとできないので、創造的な学習だけでは身につけるのが難しかったりしませんか?

太刀川
確かにカリキュラムの中で技法として必須なものもありますよね。足し算引き算とか英語とか。あるいは基礎教養としての社会とかもそうかもしれません。ただそれだけだと、答えのある問題を教えるだけなので、答えのない問いに答えられたこれまでの偉人が天才であるという話で終わってしまいます。教育でも探求の手法を教えることが大事だと言われ始めていますね。探求の仕方を進化思考の構造で伝えることは、これまでの目的と矛盾しないと僕は信じているんですよ。


そうですね。確かに、小学校で目がキラキラしていた中山間地域の子どもたちが、中学校を卒業する頃には問題行動を起こして、勉強から離れていくというのを目の当たりにしてきました。よくある創造性教育は成績トップの子たちに焦点が当たっていて、そこにジレンマを感じます。個人的には、誰も取り残さないための「公教育」に関心があるのだと思います。

太刀川
そういう意味では、僕は教科書の制作にも興味があります。例えば、歴史で年号を覚えるのではなくて系統図を書くことを学んだら、そこにあるヒューマンドラマに目がいって興味を持つかもしれません。文脈を理解する能力は科学史の話にもそのまま応用可能です。

数学の教科書が4冊に分かれていたならどうでしょう。「数学(系統)」ではゼロの発見の歴史やそこから何が変わって現在にどうつながったかを学びます。「数学(解剖)」ではそれぞれの記号の意味等が説明されていて、「数学(予測)」ではグラフを読み書きする方法を学び、「数学(生態)」ではその技法が如何に世の中に役立つかが書いてある。

これを全教科に反映させると教科間のつながりが感じられ、思考法における自分の得意不得意も見えてくるかもしれません。自分の得意なやり方で各教科にアプローチできるようになれば素敵だなと思います。


教科書を作るのはいいですね。僕は、現在小学4年生の娘と、幼稚園の年長ぐらいからほぼ毎朝一緒に勉強しているんです。

太刀川
え、すごいですね!


すごいでしょ(笑)。その中で、算数はデザインなんだということに気づきました。算数って、問題の本質を如何に表現して関係性を整理できるかというところが大事なんですよね。しかも表現に成功したら答えが出るというシンプルさがあることが、娘に教えていくうちによくわかったんです。学生時代はあまり得意ではなかったので、もっと早く知っていればと。

太刀川
筧さんが言われたような気付きが小学校で起こったら、算数が好きになる。そこが今はなかなかつながらないということですよね。その辺りを今後、チャレンジしていきたいですね。

進化思考を試みる際の優先順位

参加者
太刀川さんがデザインする際、進化思考の中でも特に優先していることはありますか?

太刀川
「生態」は特に考えますね。商品パッケージのデザインであれば、スーパーやユーザーとの関係性をデザインする必要があります。このステップをきちんと結べないと、成功したことにならないですからね。

それから、「系統」も大事です。300年以上の歴史がある老舗のお茶屋さんのパッケージをデザインする際は、クライアントの好き嫌いだけではなく、これまでの歴史に目を向ける必要があります。

生態的、系統的な理由は個人を超えるので、これに出会えると方向性がぐんとクリアになりますね。

全ての要素を試してみるというよりも、ありたい状況に適応しているか?という点をよく観察してみることと、変異としてわざとぶらしてみるということを交互に繰り返していくイメージです。

「進化思考」を用いた図書館のアップデート

参加者
図書館で働いている者です。図書館は、今後どのようにアップデートしていくべきでしょうか?

太刀川
今この会場(「BOOKSHOP 無用之用」)のデザインを僕なりに解説してみたいと思います。本のカテゴライズって、普通は「理工」の中の「物理学」といったように分類分けされることが多いですが、ここは社会の文脈や探究心に対して答える本を関係者や客がキュレーションしていくスタイルでインデックスが置かれていますね。これは、インデックスの決め方を外部の人に「転移(変異の中のひとつ)」しているんですね。そうすることで、あの棚は俺が作ったんだよという関係人口を増やすことに成功しています。

あるいはイシュープラスデザインはここから近いところにオフィスがあるので、ミーティングルームとしてもよく使われているんじゃないでしょうか。オフィスとの融合ですね。「考えてみたらたくさん本を持っているし…その本がいつでも見られて…買われたら買われたでラッキーだし…」と、その時筧裕介は思ったのであった

 


本当すごいね。まさにそんな感じ(笑)。

太刀川
そうすると…、ここは収益を上げなくてもいい。


いやいやいや、そうはいかない(笑)。

太刀川
そうですか(笑)。本屋さんが新しい関係性を築きたいとき、こんな風に、「その関係性を既に築いている書店以外のものって何ですか?」という問いに対して、そこから連想ゲームのように考えていくと面白い発想が生まれるかもしれません。

創造性は社会課題の解決に役立つのか?


経済成長が絶対的な価値だった時代は、創造性によって生み出されたものが持続可能性と矛盾する事態を招いてきました。その状況は、今は変わってきているのでしょうか?

太刀川
そうですね。そうした過去もありますが、現代はあらゆる産業で、「経済活動を超えた視点で課題に向き合わなければいけない」ということが標準的になってきているのではないでしょうか。そこは、ポジティブに捉えて良いことだと思っています。創造性を発揮する際に、「予測」とか「生態」といった観察眼を以前に増して持たなければいけない時代なのだと思います。

危機的状況というのは、逆に言うと、創造的になることのできる時間でもあるのです。

最初は社会を変え得る変異種がちょっとずつランダムに生まれてきて、徐々に感染し、広がったのがこれまでの歴史の誕生の方法だとすると、やはり今我々は改めて創造性に頼るしかないのだと思います。


デザイナーにとっては、つくりたいものがたくさんある良い時代とも言えるかな。

太刀川
デザイナー冥利に尽きる。先の見通しは悪いけれど、作り手にはやりがいとお役目ある時代です(笑)。

文責 issue+design


 

太刀川英輔(たちかわ えいすけ)
NOSIGNER代表・デザインストラテジスト・進化思考家・慶應義塾大学特別招聘准教授
デザインでマシな未来をつくること(実践:ソーシャルデザイン)、自然から創造性教育を学び変革者を育てること(理念:進化思考)。この二つを目標として活動するデザイン活動家。
プロダクト・グラフィック・建築・空間・発明の領域を越境するデザインを用いて、次世代エネルギー・地域活性・伝統産業・科学コミュニケーション・SDGs等のデザインプロジェクトを成功に導く総合的なデザイン戦略を描く。
創造性のしくみを生物の進化から学ぶ「進化思考」を提唱し、様々なセクターの中に未来をマシにする変革者を育てるため、創造教育の更新を目指す。
グッドデザイン賞金賞(日本)アジアデザイン賞大賞(香港)他100以上の国際賞を受賞し、グッドデザイン賞・DIA(中国设计智造大奖)・DFAA(アジアデザイン賞)・WAF(世界建築フォーラム)等の国際デザイン賞の審査委員を歴任。
主な仕事にOLIVE東京防災(東京都)・山本山横浜DeNAベイスターズYOXO(横浜市)・MOZILLA FACTORYaeru越前漆(鯖江市)など。

筧裕介(かけい・ゆうすけ)
特定非営利活動法人イシュープラスデザイン代表
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)。2008年ソーシャルデザインプロジェクトissue+designを設立。以降、社会課題解決のためのデザイン領域の研究、実践に取り組む。
著書に『持続可能な地域のつくり方』『ソーシャルデザイン実践ガイド』『みんなでつくる総合計画』など。

イベント開催概要
日時:2021年4月23日(木)19時〜21時
会場:BOOK SHOP無用之用

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