気候危機+DESIGN

interview

森と川の生態系に何が起きているのか

岐阜県郡上市より

2022.04.28

SDGs

生物

岐阜県郡上市

日本の各地で被害をもたらす昨今の夏の豪雨には、これまでと違った異常さを感じる人も少なくないだろう。

「出水三日(水が出たら三日は川に行ってはいけない)」という言い伝えが残る郡上八幡でアウトドアガイドをしている由留木正之さん。

「以前はしとしとと数日間長く降って、止んだあともまた数日間かけて川は徐々に元の姿を取り戻していたのに、今はどっと降ってあっという間に1日で水が引いていきます。」

ちょっと聞いただけでは雨が降る期間が短くなり、川も早く元に戻ってくれるのならその周りで暮らしている人にとっては良いのではないか?とすら思う。

しかし、由留木さんによれば、この、どっと降ってあっという間に川の水が引いていく現象が、高知の四万十川、静岡の柿田川とともに日本三大清流に名を連ねている長良川を取り巻く周辺の生態系に大きな影響を及ぼしているのだという。岐阜県の中央、山岳丘陵地帯に位置する人口約3.9万人の自治体、郡上市。市のほぼ全域が長良川の流域に位置する。夏は山や川遊び、冬はスキー、郡上おどりで知られる小京都・郡上八幡の市街観光も楽しめる。この町が誇る多様な自然と文化が受けている気候変動の影響とはどんなことがあるのだろうか。

1992年に郡上に移住以来、自給自足の生活をしながら人と自然を結ぶ仕事をおこなって来た、川と森の達人、another home gujo代表の由留木正之さんにご協力いただき実施したフィールドワーク(現地調査)とインタビュー結果から見えてきた、気候変動の影響を報告する。

局地的・集中的に雨が降る、
森が崩れる、川が濁る

近年の集中豪雨とも呼べる異常気象に郡上の山々は耐えかねているのかもしれない。以前は雨が降っても徐々に川に水が流れ込んできた。だからこそ、川は急に濁流になることもなかった。それを由留木さんは「山にもっと保水力があったからなのではないか」という。

 

由留木さんが郡上に移住してきた1992年は記録的な冷夏。郡上でも例年にないほどの大量の雨が降たのだが、そんな年でも長良川は今ほど濁ることなく流れていた。「雨が降ったとき、昔は川が薄いカフェオレのような色でした。それが今は、より濃い赤茶色になる。あれ、なんの色なのかと思って調べたら、山の表土の色なんです。山の管理ができず山自体が弱ってしまったことで、山に土砂を保持できず明らかに土が流れているんですね。」
雨の降り方が変わったことで、川の形も徐々に変わっているのだとも。

 

今は雨がドーっと降ってピタっと止むので、増量した川の水で運ばれた土砂が川に堆積してしまうんです。水が一気に増え深くなり、パワーが強くなった川は大きな石を運ぶことができますけど、水が一気に引くので下流に流すことができず溜まっていくのです。そこに小さな砂利が流れ着いて、一番浅いところには砂が溜まって、どんどん大きな島みたいなものができていくんです。これが川の至るところで起きています。どれも最近運び込まれた土砂でできたもので、その証拠に雑草すら生えていない。10年もすれば鳥が種を運んできたりして植物が生えて森みたいになるんですけどね。

 

豪雨による地形の変化に適応できず、これまでの住処を奪われる生物も少なくないのではないだろうか。

激減する鮎、
姿を消した天然ウナギ

郡上といえば、郡上鮎と呼ばれる高級魚・鮎の存在を忘れることができない。

「移住した90年代前半、郡上の川に潜ると、それはもうパラダイスでした。釣りがまだまだ上手ではなかったですが、竿を垂らせば、ほんの数時間でビクがいっぱいになって、貧乏だった僕の暮らしは川の幸に助けられました。でも、今は昔のような巨大で濃い群れで泳いでいるところは見かけないし、釣れる量は半減どころかそれ以下です。」と由留木さんはいう。

鮎釣り一本で子供を大学に生かせる川漁師さんがいるほどの豊かな川だった長良川。鮎を筆頭に、天然ウナギやイワナ、天然記念物のカワシンジュガイなど、由留木さんが少なくなったりいなくなったと感じている川の生物は他にもある。

 

鮎・イワナ・アマゴなど長良川流域の淡水生物の個体数の減少は、長良川河口堰(下流の河口部に治水と利水を目的に作られ、水位を制御する施設)が原因とも言われているが、気候変動により川の状態が大きく変わったことも大きく影響しているようだ。

ここ最近のとんでもない雨の降り方がの川魚の稚魚の生育に大き影響を与えていると思うんですよね。土砂が留まり川が浅くなっているところも多いので、春にかえった稚魚たちが隠れる場所もないし、水量の上昇で流されたり死んでしまう稚魚も多いと思うんです。

どうやら、気候変動に伴う雨の降り方の変化が大きく関係しているようだ。近年の全国的な雨の特徴として、集中豪雨があげられる。山間部の一部にバケツを引っくり返したような大量の雨が降り注ぎ、山の土砂が大量に川に滑り落ち、川は濁り、水量が急激にあがる。川に流れ込んだ土砂は下流へと流れ、川底に堆積する。

 

豪雨により土砂が崩れ川に流れ込むのは、手入れ不足の人工林によることが多い。郡上の森も人間の手で植林された杉やヒノキなどの姿が目につく。人工林の大半は間伐などの手入れがなされておらず、地面まで日光が差し込まず、地表に植物が育たない。

 

いわゆる「死んだ森」と言われる状態だ。

 

草木が生い茂り、木が深く根を張った森は、多少の豪雨でも持ちこたえられる。しかし、死んだ森の土壌はすぐに崩れ、土砂が川へと流れ込んでしまうのだ。その結果、鮎の貴重な餌である川底の岩表面の藻は土砂に覆われ、流され、消えてしまう。

「鮎は歯がなく、苔を唇ではむように食べるんですが、土砂を被った苔を食べようと岩をはみ続け、口周りが血だらけの鮎を釣り上げることがよくあります。」

血だらけの鮎とは実に痛々しい。

腐る川、消える淡水生物

血みどろの鮎の話に続き、ショッキングな話は続く。

近年の温暖化で川の水温が上がってきて、夏に川が腐ってくるんですよ。

長良川ほどの清流で、“川が腐る”とは、聞いた耳を疑いたくなるような言葉である。詳しく聞くと、

そもそも苔を食べる鮎が減っていることもあるし、土砂で流れがなくて滞留しているところなんかは夏場に水温が上がってくると苔が茶色くなって、臭ってくるんです。それを、腐ると表現しているんですよ。

苔が育っても気温も高く、食べてくれる鮎も少ない。さらに、豪雨による土砂で生育途上の苔の多くがそげ落とされてしまう。十分な餌がなく、鮎が飢える。

 

まさに負のスパイラルだ。

 

苔とともに岩や石について育つカゲロウやトビケラなどの川虫もうまく育たずに減っている。それを食べて育つ川底を這うようなカジカやヨシノボリなども以前に比べて痩せているのだという。

雪がなく暖かい冬、消える春秋

川が腐る現象のもうひとつの原因として、由留木さんが上げていたのが温暖化による夏の水温の上昇だが、当然のことながら水温の上昇で周辺環境に様々な影響をもたらしているのは夏ばかりではない。

 

由留木さんによれば、郡上の釣り名人たちの間では、5月の残雪が消える頃にヤマブキの花が咲くのを目印に釣竿を出すという。

それまでの川は水温も低く、魚を釣っても脂が乗っていなくてすぐに錆びついたような色になってしまうんですがヤマブキの花が咲く頃になると魚に脂が乗ってくる。でも今は、その時期もずれてきていて、ヤマブキが咲かなくても雪はみんな解けてしまって肥えている魚が取れたり、そもそも花の咲く時期もずれていたりします。

雪解けが早く漁期が長くなるのなら漁師さんにとっては嬉しい話にも聞こえるが、雪解けの変化の影響はそれだけではない。

これまでなら雪が降っていた冬でも、今は雪にならずに雨になる日があるのでそれまでに降り積もった雪を雨が一緒に解かしてしまい、冬にもかかわらず土砂とともに川に流れ込んでしまうことがあります。その影響で卵が稚魚にかえる前に一緒に流されてしまうことがあるんじゃないかと思っています。雪解けの変化の影響は魚たちだけではないんですよ。春先に山に入ると、冬を越せずに亡くなって白骨化してしまった動物たちを見ることあるんですけど、ここ最近はその姿を見ることがほとんどなくなりました。

つまり、冬が以前ほど寒くないし雪の量も少ないので越冬できているのだと由留木さんはいう。このことは日本各地で問題になっている鹿、イノシシ、熊などの個体数の増加の一つの原因とも考えられる。

また、春や秋も短くなったと肌で感じるという。

春の山菜や秋のきのこ採りを教えてくれる名人がこの地域には何人かいるんですが、最近は山がおかしいと盛んに言っています。あるはずの場所になかったり、タイミングを逃すとあっという間に大きくなったり固くなってしまうというんですよね。秋なんかも、いつまでも暑くて気がついたら急に寒くなる、というようなことが増えている感覚があります。あと、紅葉の色づき方が変わってきた気がします。今の季節にこのあたりは美しい紅葉を楽しめるんですが、このあたりとか既に枯れてしまってますよね。このあたりはつい先日まで青々していたんですが、急激に寒くなった影響で美しい黄色や赤色に変わることなく、枯れ果ててしまったんではないかなと。

日本の秋の風物詩であり、大切な文化である「紅葉」を楽しむことができない時代がすぐ目の前に来ているのかもしれない。

生息場所を変える生物たち

由留木さんによれば、温暖化による影響か、年々生息場所を変えている植物や動物見られるとか。

どんどん生息場所の標高が上がっているなと感じるのはイタドリですね。以前は人が住んでいるような平地でよく見られたんですが、最近はガイドをしていて入るような標高の高い沢筋なんかでよく見るようになりました。これは自然界の植物ではないですが、トマト農家さんも以前はもっと低いところで育ていたのですが栽培適地が標高の高いところへと移動していて、今は標高700m付近で栽培されたトマトが糖度が高く美味しいと聞いています。

温暖化による気温上昇だけではなく、近年の豪雨や梅雨の長雨も植物の生息に直接的な影響を及ぼしているのだという。

梅雨の長雨によりその頃に受粉期を迎える植物がうまく受粉できずに実をつけられないことも多い気がします。受粉期に雨が降ってしまうと、受粉を助けてくれる虫が飛べないのでうまく受粉ができないんです。それが原因かはわかりませんが、今年の郡上ではサルナシやマタタビなんかが不作なんです。反対に受粉期が長雨の時期とずれた柿や栗は豊作です。

これらの植物の生息場所の変化は、動物の生息場所に直接的に影響する。最近の日本各地のクマの事故は、長雨によって受粉できなかったことによる山の植物の不作が原因のひとつとなっているのではないかと由留木さんはいう。

郡上の山には鹿も、イノシシも熊も住んでいますが、頭数でいうとイノシシや熊は鹿に負けてしまう。数少ない山の恵を数が増えた鹿に食べ尽くされてしまった結果、里に降りるよりほかなくなっているということもあるかもしれません。

以前は珍しかったトリカブトが山に入ると沢の至るところで見られるようになったのも、気候変動の影響で鹿の個体数が増えたことと関係がありそうだとも。鹿が毒性のあるトリカブト以外の植物を食べ尽くしてしまうので競合種がいなくなってトリカブトが増えているのではないかともいうのだ。

おわりに

以下のマップは気候変動の影響で生じている長良川上流域の課題をSDGs17領域に整理したものである。豪雨や気温上昇などの気象の変化から始まり、川や森の環境変化、鮎・ウナギ・鹿から、イタドリやトリカブトまで生息する様々な生物の生態の変化、そしてこの地で森と川とともに暮らしてきた人々の暮らし・文化・経済の変化にもつながっている。まさに、地球レベルの気候変動が、地域レベルの文化、人間個人レベルの生活に影響を及ぼしていることがよくわかる。

取材協力

由留木 正之
another home gujo

神戸と大阪に挟まれた尼崎というカオスで、人間多様性がある下町に生まれる。日本やカナダなどカヌーの川渡の途中、92年に25歳で郡上の自然と川に惚れ込み移住。
3人の娘の父、「稼ぎ」は郡上で自然体験や地域振興のためのツア-企画、運営、アウトドアガイドを28年ほどしている。得意な事は、美味い食べ物を探して来る事、型にハマらず自然の中で遊ぶ事。近年郡上の自然や暮らしが循環可能で無くなりつつある事に、心を痛め、自分にできる郡上への恩返しを模索中。