気候危機+DESIGN

interview

ワインとブドウ畑に何が起きているのか

長野県坂城町より

2023.03.31

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経済

上信越道を新潟に向かい車を走らせ軽井沢を過ぎるあたりから、千曲川を挟み緩やかな河岸段丘がとてもわかりやすく広がる地域がある。本州の中でも年間降水量が少なく、夏でも夜には比較的気温が下がり、ワイン産地としても注目されている長野県の東信地域である。

ワインは素材としてのブドウの出来栄えがダイレクトにその年のワインの品質へと反映されやすい。だからこそ、温暖化の影響で栽培するブドウの品種や生育状況、その先にあるワインの味わいに変化が生まれているという。

そこで今回は、ソムリエ(兼)経営者として10年以上飲食店で多数の長野県産ワインを扱い、10年前から生まれ育った坂城町でワイン用ブドウ栽培をはじめ3年前にワイナリーをオープンした坂城葡萄酒醸造の成澤篤人さんに話を聞いた。

気候変動でワインの
産地はどう変わるのか

長野以外にも山梨や北海道など、日本のワイン産地として思いつく地域はいくつかあるかもしれない。そこで、長野ワインとはどんなワインなのだろうか、その特徴を聞くと、「信州は日本の産地の中でも、比較的ヨーロッパ系ブドウの生産が多いことが特徴の地域です。」と成澤さんは教えてくれた。

 

もともと長野県では、食用にもワイン用にも利用でき、冬の寒さにも強いアメリカ系のブドウ品種としてナイヤガラやコンコードが多く育られてきた。しかし温暖化の影響か、冬の凍害は1990年代前半頃から徐々に少なくなった。また、2000年代前半頃からワイン造りの新規参入者が増加してきた。こうした状況が重なり、それまで多くなかったワイン用のヨーロッパ系ブドウの栽培に着手する人が増えたのではないかと考えられているという。

 

 

子供の頃は夏でもお腹を出して寝ていれば風邪を引くほど寒かったと幼少期を振り返る成澤さんだが、「長野でも古い産地のひとつである塩尻市の桔梗ヶ原地区は700mくらい標高があります。ここでは諏訪湖の御神渡り*がある年は特に凍害が酷く、その年は必ずブドウが枯れてしまうと言われていました。しかし、最近は御神渡りが出現しない年も多く、以前より凍害も減っています」。こうした気温の変化、寒さの緩和が、長野を日本でも有数のヨーロッパ系ブドウの産地として育てたひとつの要因となっていたのだ。

 

海外でも、フランスのシャンパーニュで古くから造られてきたスパークリングワインが今ではイギリスでも造られるようになり、年々品質が上がってきています。昨年(2019年)は長らく同じ品種でのワイン造りを重じてきたフランスの産地であるボルドーが、“ボルドーワイン”として新しく暑さに強い補助品種を7種類も認めました。これはワイン業界において世界的なビックニュースです。温暖化により既存のブドウだけではこれまでのようなボルドーワイン の味が担保できないと考えていることの現れだと言われています

 

世界のワイン産地の過去50年の気温変化とワインの評価の関係性を調べると、各産地での気温上昇とともに、比較的冷涼な地域でのワインの評価が特に大きく上がっているという研究(Jones G.V. et al., 2004)もある。ワインは歴史的にも産地の文化とともに発展してきた背景があるが、「温暖化とともにワイン産地が動いている」のは誰もが認めざるをえない現状がありそうだ。

 

*御神渡り:長野県最大の湖、諏訪湖で冬に全面結氷し氷点下10℃を下回る日が続くと、大きい音とともに氷が山脈のように盛り上がる氷の鞍状隆起現象

気温と糖と酸

そもそも、気温の移り変わりと、ワインに用いるブドウ品種にはどんな関係があるのか。長野をはじめ世界各地の産地の変化には、ワイン造りにおいてブドウに含まれる糖と酸のバランスが非常に重要であることが関係していた。

 

ワインに使うブドウは、高い糖度を保持していてかつ、酸をしっかり含んでいることが大切です。果物は気温が暖かくなると糖度が上がりそれと並行して酸度が落ちるのが一般的です。しかし、長野の気候は、夏の昼間に気温が高くなり糖度が上がり、夜にしっかり気温が下がり酸を維持することができ、糖と酸の両立に適していると言われています。つまり、この地域で良いブドウ作りをするためには夏季の気温の寒暖差が非常に重要なのです。

 

ブドウを収穫するときも糖度が上がり酸が落ちてしまう前の絶妙なタイミングを狙うのだそう。

 

ワインを人間の身体に例えるなら、糖は肉で酸は骨のようなもので、気温が高く糖度が上がり酸が落ち過ぎるとお肉だけのブヨブヨの身体のような芯のない感じになってしまうのだそうだ。

 

果実になってからの成熟期間が長いと良いブドウが採れるといわれています。つまり、実をつけてから時間をかけて緩やかに糖度が上がり酸度が下がる状態が望ましい。また、気温がしっかり上がると糖度は上がるのですが、ブドウの活動気温には限界もあります。35度〜40度くらいになると活動をストップし、生存維持のために省エネ状態になるので上がりすぎるのも困ります。ブドウの品種によって好む気温も異なるため、畑にあったブドウを選ぶのも大切なことです。

産地を移動するブドウ
それを逆手にとったワイン造り

夏季の寒暖差が大きいことがワイン産地としての長野の大きな利点であることは前述した通りであるが、その長野の寒暖差は、さらに標高差によって近しい地域の中でも大きく異なるようだ。

 

千曲川ワインバレーとも呼ばれる千曲川による河岸段丘が特徴的なこの東信地域の地形は、千曲川の河岸から両岸の山側に向かって数十メートル、数百メートルの標高差ができる。特に右岸ではその標高差はより大きい。成澤さんによれば長野県内のワイン用ブドウの産地は低いところで400メートルくらいから高いところでは1000メートルを超える高地にまで広がるという。当然、標高差による気温の差も大きい。

 

標高によって気温の異なる畑がある産地だからこそ感じられているブドウ栽培における変化がないか聞いてみると、こう答えてくれた。

 

東御市でこの地域に1998年頃からブドウ栽培をはじめ2003年くらいから自社でワイン醸造をされているヴィラデストワイナリーという醸造所がありますが、98年当時は彼らがブドウを植えようとしていた地域は800m以上あって凍害があるから誰からも無理だと言われていたと聞きます。それが今では非常に良いブドウを採りワインを造られています。

 

また、より北部の高山村というところの400m台の畑で長くブドウ作りをされている角藤農園さんも、以前から冷涼なところを好むシャルドネやソーヴィニヨンブランを育てているが、3〜4年前くらいからこのブドウたちにとって(暖かく)厳しい環境になってきたと話していました。

 

と成澤さん。しかし、ブドウが作れるようになるには少なくともブドウの苗木を植えてから最初の実をつけるまで3年から5年の時間がかかる。それがワイン用に適した実をつけるようになるまでとなればもっとかかる。気温が高くなってきたから、この畑のこのブドウはやめて次のブドウを植えましょう、なんて簡単にはいかない。

また、ブドウにとって好まれる気温というのはそんなにシビアなものなのか聞いてみた。

 

わたしのワイナリーはわたしの地元である坂城町でブドウを栽培しています。長野県の産地の中では比較的標高の低い畑が多いですが、それでも400m台のところから700m台くらいの標高差のところに畑が点在しています。

 

そのため、400mと700mの畑で同じ品種のブドウを育ててそれぞれ同じ造りをしても、異なるキャラクターのワインになるためそれを飲み比べると面白みがあります。また、400mの畑は糖度をしっかり上げてくれますし、700mの畑はより酸を維持してくれるので双方をブレンドして良いバランスをコントロールすることもできるのです。ブドウは品種ごとに最適な気温は異なりますが、ある程度その環境に適応したワイン造りをすることもできます。冷涼なところを好むブドウとして前述したソーヴィニヨンブランは、元々はフランスのロワールという地域のブドウで現地ではすっきりと爽やかな辛口のワインとして人気ですが、標高400m台の坂城の畑で育てるとトロピカルなニュアンスが出てくる、といった面白みもあるんですよ。

 

こうした産地の畑の話しをしていて“標高”がキーワードとして出てくるのは日本の産地の中でも長野の大きな特徴だという。

 

日本だけでなく世界的に見ても標高差で品種を選択する産地は少ないですし、標高によってブドウ特性を考えて育てているのは長野らしい特徴だと思います。もし、もっと冷涼な場所での栽培を好む場合、標高差が少ない産地では通常は緯度を上げることになる。イギリスでスパークリング用のブドウ栽培が始まったように、産地そのものがどんどん北へと移動せざるを得ないのです。

 

日本のワインどころというと甲州(山梨県)が中心だったが、標高と気温(緯度)の面で近年は信州(長野県)でワイナリー、ワイン用葡萄の栽培が増加し得るようだ。

 

また、本州の中でもとりわけ年間降水量が少なくブドウ栽培の好適地でもある長野県東信地域でも、気温上昇をはじめゲリラ豪雨や雹害など年による気象の変動の激しさを感じているという成澤さん。千曲川を挟む河岸段丘に沿って標高による特徴の異なる畑を持つ千曲川ワインバレーも産地内の畑の標高が次第に上がり、“Vally”(谷)ではなく“Mountain(山)”と呼ばれる未来が来るのもそう遠くはないのかもしれない。

取材協力

成澤 篤人
坂城葡萄酒醸造株式会社代表取締役CEO

1976年坂城町生まれ。シニアソムリエ。都内でバーテンダーとして勤務後、帰郷。ワインインポーター、ダイニングレストランを経て、2009年に義弟の小出克典とともにイタリア料理店「オステリア・ガット」を開店。2013年「ラ・ガッタ」、「粉門屋仔猫」を開店。千曲川ワインアカデミー1期生。NAGANO WINE応援団運営委員会を設立。共著に『本当に旨い長野ワイン100』(イカロス出版)。

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