気候危機+DESIGN

interview

消える沖縄の美ら海に何が起きているのか

沖縄県石垣島より

2023.01.31

SDGs

生物

日本屈指のサンゴ礁を持つ石垣島の海は、ダイバーなら誰もが一度は潜りたいと願う海洋生物の宝庫。その石垣島のサンゴ礁が近年、海水温の上昇や台風の発生回数の減少などにより危機に晒されているという。

生まれも育ちも石垣島で、その大自然を相手にアドベンチャーガイドをしている大松さん(通称、ケンちゃん)は「お客様は“海が本当に綺麗ですね”とよく言われますが、30年以上前の綺麗な海を知っている自分としては今の石垣の海が綺麗だとはあまり思えなくなってきています」と話す。

日本人なら誰もが想像できるくらいに美しいあの沖縄の海に、一体何が起きているのだろうか。

台風が来ない、
海水の温度が下がらない

いわゆる台風シーズンになるとフィリピン沖で発生した台風が徐々にその威力を拡大し、最大の最大の勢力を伴って石垣島を襲っていた。それが、2016年はなかなか現れなかったのだという。

よく沖縄は台風が多くて大変でしょって言われるんですが、台風は悪いことばかりじゃないんです。沖縄の海は、表面の温まった海水が海底の冷たい水と台風によってかき混ぜられ、温度を一定に保ったり下げたりすることができているんです。

沖縄における海水温上昇の影響を大きく受ける代表的な生物がサンゴである。

 

ケンちゃんの住む石垣島を含めた八重山諸島にほとんど台風が来なかった2016年。海水温は台風によって下がることなく高止まりし、大規模なサンゴの白化現象が起きてしまったのだ。

石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖は、日本の海に分布するサンゴのうち9割が生息する海の宝石。様々な種類のサンゴが織りなす海の森は多様な魚に彩られ、世界中からダイバーが集まる。

 

サンゴに寄生し栄養供給源ともなっている褐虫藻のおかげで、サンゴは褐色や深緑色など鮮やかに色づいている。しかし、海水温の上昇により褐虫藻が弱ったり死滅することで、それまでの色素を失い白くなる。褐虫藻が死滅して色素を失ったサンゴは栄養の供給源を断たれ弱る。これがサンゴ白化のメカニズムである。

 

様々な種類の造礁サンゴの群生によって形作られた海の地形、サンゴ礁には多様な海の生物が住む。サンゴが白化することで困るのはダイバーやそれを取り巻く観光産業だけではない。そこに住む海の生物たち、それらを獲って生業とする漁師たちなど、海の生態系そのものやそれを取り巻く産業や地域経済、その地域に暮らす人々の食文化さえも影響を受けるのだ。

 

石垣島の近くのサンゴたちが産卵し孵化したサンゴの赤ちゃんは、石垣のサンゴとなるだけでなく海流に乗って沖縄本島から本土まで移動して成長していくんですよ。2016年のように石垣のサンゴが9割も白化してしまえば他の地域のサンゴまでも影響を及ぼすことになるんです。

 

とケンちゃんは教えてくれた。石垣はいわばサンゴのふるさとでもあるのだ。

 

サンゴの白化現象はそれ自体が死滅状態とイコールではないという。サンゴの赤ちゃんであるプラヌラ幼生は数日から数週間、海の中を漂い続け沖縄本島やあるいは九州地方までも旅をすることができる。しかしそのプラヌラ幼生の生存率や生存期間も、海水温が上昇すれば低く、短くなるそうだ。

 

あるサンゴ礁全体が白化現象によって壊滅的な被害を受けても、他のサンゴ礁からこのプラヌラ幼生が運ばれてくることでサンゴ礁は蘇ることができる。海水温が高くなりプラヌラ幼生が海の旅をしづらい状況が続けば、こうしたサンゴの種の保存のためのリスクヘッジ機能は失われてしまうのだ。

 

ケンちゃんもこれまで何度か白化現象を見てきているものの2、3年すると蘇っていてその生命力に驚かされることもあったという。2016年の白化現象のあとも、少しずつ蘇っているのを感じているが、台風が少ない年がまた来て海水温が高い状態が続くと、せっかく蘇ってきたサンゴの海が再生できないうちにまた弱ってしまうのではないかと心配する。

 

今年も、台風が少なくてすでに9月くらいから白化しているサンゴを見かけています。サンゴだけでなくイソギンチャクも白化しているところもあるしイソギンチャクが白化するとクマノミも育たなくなったりするんです。

 

ニモでお馴染みの海のアイドル・クマノミも生存の危機にさらされているのだ。海の多様性を担保しているサンゴの森の健康は、石垣を含む沖縄の海水温における重要指標とも言えるのかもしれない。

移動する発生源、
変化する台風被害

フィリピン沖くらいで発生し沖縄に来る頃には最大勢力となっていた台風が、最近石垣島付近で発生することが多くなってきました。

 

石垣島付近で発生する台風は本州に近く頃に勢力を増し、近年は本州、特に九州や西日本地域での大きな被害をもたらしている。

 

沖縄の人は台風とともに暮らしてきたし、家の形ひとつとっても台風に耐えられるつくりになっているんですよ。でも、旅行とかで本州に行くと、裏山を背負ったところや海抜0mみたいなところに家があったりする。

 

屋根もこんな作りで台風が来たらどうするんだろうといつも思ってしまうんです。台風で横転している車は全て観光客のレンタカーです。僕らは事前にガソリンを満タンにして重い荷物を積み込みますから。

 

事実、本州から来たお客さんも、ケンちゃんが気にしていたことが現実となっている本州の状況に驚いているという。

 

石垣島付近で発生した台風は、フィリピン沖で発生した台風が石垣島を直撃することよりも石垣島にとってはインパクトが小さい。そのため、石垣島自体の台風被害は年々小さくなっているという。

 

でも、前述したように本州では迎えることに慣れていない台風も、石垣では昔からの知恵とともに対策することで、豊かな海洋資源を培う存在として敬われてきたのだ。

 

気候変動により台風の発生源が少しずつ移動しつつある現在、台風の被害を小さくするために沖縄の暮らしに学べることがきっとあるに違いない。

季節の訪れを知らせる風の変化

台風とともに生きる沖縄の人たちは、台風だけではなく季節の風の変化に敏感なのだという。

 

沖縄には季節の訪れを知らせてくれる風が色々あります。旧暦で物事を考える文化が今も残っているので、旧暦の季節行事と風の関係で大体の季節の訪れを感じてきました。

 

例えば梅雨明け、夏の訪れを知らせてくれる風はカーチバイ(夏至南風)といいますが、5月の伝統行事(新暦では6月上旬)であるハーリー(海神祭)というお祭りが終わるとカーチバイが吹いて梅雨明けになると言われています。

 

それが特にこの5年くらいの間でずれてきている感覚があるという。言い伝えで言われてきたタイミングで季節風が吹かなかったり、3〜4月の花が一斉に咲き乱れる沖縄の言葉で「うりずん(潤い初め)」の季節も花咲く時期がずれたりと、季節の折々でおかしいなと思うことが増えたという。

 

気候変動の影響は、カーチバイやうりずんなど、沖縄独特の風や季節の言語・文化をも変えてしまう可能性があるのだ。ダイビングインストラクターである奥様の友美さんはこう話してくれた。

石垣は冬が近づくと11月-12月くらいから北風が強くなります。9月-10月はマンタの求愛行動のシーズンで、世界中からダイバーが求愛ダンスを見に来ます。この時期は、いつもなら南風や東風なのに、今年(インタビュー実施の10月中旬)はすでに北風が強くてマンタがいっぱいいるスポットがしけてしまいアクセスが難しい日が増えています。

取材中、台風を含めて幾度となく風の話をされるのが印象的であった。ここ5年くらいで少しずつそのズレを感じていたところ、石垣島近海で台風が発生するようになり気候の変化を大きく感じるようになったのだという。

 

普通に暮らしているとなかなかわからない風を読むポイントを尋ねてみると、「向きと強さを感じること。毎日風に当たっているからこそ敏感になれるのだと思う。石垣の人は誰でもわかるよ。」と教えてくれた。

 

仕事柄自然を相手にしていることも大きく影響しているとは思うが、暮らしの中で日常的に風を読む習慣が根付いている沖縄らしい文化も強く感じた。気候変動の影響で、その沖縄独特の風と季節の関係性が変化せざるを得ない日が来るのもそう遠くはないのかもしれない。

おわりに

気候変動の影響で生じている石垣島周辺の課題をSDGs17領域に整理してみた。

海水温の上昇が、風や台風などの気象に、それがサンゴなどの沖縄の海の生態系、そして沖縄の観光業に。さらには、九州など本土の災害と海洋生態系にまで影響を及ぼしていることがわかる。やはり、様々な課題同士は、そして地域同士はつながっているのだ。

大松さん夫妻は、石垣の海の環境の悪化は、観光客や農地開発あどの人間の影響が大きいとも繰り返し語っていた。気候変動も元を辿れば人間活動によるものである。人間の様々な無秩序な行動がこの美しき豊かな生態系を死へと追いやっているのだ。

取材協力

おおまつけんいち・ともみ
けんけんツアー

アメリカ(復帰前の沖縄)生まれ、沖縄県石垣島育ち。小さい頃から石垣島で遊びながら木の実や魚を獲って暮らしてきた。県外からの移住者でダイビングインストラクターでもあるともみさんと結婚後、いくつかの仕事を経験しながらも友人知人に島を案内する中で小さい頃の経験を発揮し、石垣島では数少ない地元の人が案内するネイチャーツアー「けんけんツアー」を設立。以来、夫妻で1日1組限定のプライベートツアーを開催。