気候危機+DESIGN

interview

逃田新地

自然と暮らす、島の一番の楽園を求めて

2023.11.16

——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。 

この旅最後の目的地は、この島でも一二を争う大都市のすぐそばにあるという、各地からこの地に集まった人々が新たに作り出した村・逃田新地。というのも、近年の異常気象や社会の変動など様々な理由により、この地を求めて訪ねる人が増え、いまではこの村の中だけで生活がまわっているのだという。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。

20XX年8月
コンクリートジャングル
の中の埋め立てオアシス

長かった旅もいよいよ最後の地。今回訪れたのは、ずっと気になっていたけれど、なんとなく一歩踏み入れ難く、最後に訪れようと決めていた場所。聞くところによると、これまで訪れたような島の各地から、この地を求めて多くの人が集まり、その人たちで最先端の技術をどんどん取り入れ、それぞれが新しい考え方を持って生活をしている村なんだとか。一体どんな暮らしをしているんだろう?ドキドキ、ワクワク

 

最寄り駅に着き、駅前のビル群を抜け少し低い土地に降りていく。すると、一気に木々が広がりあっという間に緑のカーテンに包まれてちょっとひんやり。気づくと足元には畑のような土が広がっていて、これまでの街並みとはガラリと雰囲気が変わった。

 

ふと顔を上げると、自然な風合いのおしゃれな服を纏ったロン毛の男の人がいたので、ここが逃田新地なのかと尋ねてみた。

 

「ああ、そうさ。お嬢ちゃんももう安心だよ。ここにいるみんなは、様々な理由で集まった優しい人たちばかりだからね。」

 

お兄さんは、どんな理由でここへ来たのかと訪ねてみた。

 

「僕は、ちょうど1年前くらいまで建築現場で働いてたんだけど、もう毎日こんな感じで暑いだろ?それで体を壊して、現場では使いものにならなくなっちゃってさ36。でもこの村では、みんなの住まいを作る手伝いはもちろん、CO2の埋め立てや新たなフローティングハウスの開発なんかをやっているよ。」

 

CO2の埋め立て?フローティングハウス?全く聞いたことのない言葉だった。なんのことか尋ねると、お兄さんは教えてくれた。

 

CO2の排出が、この島の暑さや気象異常の大きな原因なのは知ってるかな?いま、このCO2を液体に近い形に変えて地面の奥深くに埋める技術があるのさ。すごいだろ?もう一つのフローティングハウスは、文字通り海に浮かぶ家さ。この村にも豪雨や高波に追われてこの地に来た人もいるから、そんな水害に屈しない家を作るのが今の俺の夢なんだ」

 

お兄さんは、夢を語りながら、これもあれも自分が手伝って建てたんだって、一緒に村を歩きながら教えてくれた。そんな技術や家が実現したら、面白そうだわ!

災害に追われ、
自然と向き合う暮らし

村を歩き進むと、前方からパカラパカラという音が。近づくと、すらっと美しい馬が野菜や木材を運んでいる。そしてその奥には、大きな畑が広がっていた。馬に見惚れながら畑へ進むと、そこでは、3人の女性が野菜の収穫の最中で、お兄さんが私を紹介してくれた。

 

「はじめまして、あなたもこの前の大雨で?あら、違うの?私はつい1ヶ月前くらいにここに来たの。少し前、島全域で大雨が降ったでしょう?[03]うち、海の近くに住んでたから、家まるごと流されちゃって[40]。高台の高級住宅街に家は買えないからどうしよう、と思ってたらこの村に行き着いたのよ。」

 

「私は、その前の台風よ。多くの人が被災して、身寄りのない人はこの村にたくさん逃げてきたわ。今は、あの馬と一緒に暮らしてるの。舗装されてない道もあの子を一緒なら問題ないし、もう家族同然よ。あ、そうそう、もう一人あそこの子連れの彼女も私と同じ台風でここにきたの。彼女は、シングルマザーでここまでお子さん連れて逃げてきたのよ。[40]

 

「ようこそ!ここは、緑のカーテンが所狭しとあって他より子どもも自由に外で遊べていいわよ〜!どうも、植物が光合成すると周囲の空気が冷たくなる力なんかもあるらしくて、猛暑日以外は外で遊べるのよ。他の街じゃあ、妊婦や子どもは危険だから外に出ちゃいけないって規制がかかってんの。[24]でもうちの子には自然のなかでのびのび育ってほしくって、ここに来たの。」  

 

確かにこの辺りには、木々や草花が広がっていて楽しそう!それに、子どもたちは、とれたての野菜を馬に積むお手伝いをしていて、こうやって動物と一緒に暮らすのもいいなぁと思った。

 

「ここでは、みんな自給自足で必要なものを必要な分だけつくり、使って生活するんだよ。外の野菜より見た目は不恰好だけど、高すぎて買えないなんてこともない。[36]

 

「必要なものはこうやって自分たちで育てて頂くのが子どもためにもいいんじゃないかって思うんだ。子どもは可愛いけど、出産のリスクも高まる一方だし、産んだところで二酸化炭素排出税がかかってお金はかかるし、これじゃ、子どもも減る一方よね。」

 

3人の女性たちが、自然や動物とともに生きる姿は、たくましくキラキラとしていた。

消滅していく地域、
生き残る地域とは‥?

すっかり、女性3人と盛り上がって、空には西陽が射してきた。そんな時ふと、こう思った。村に住む人たちは、職を無くしたり自然災害に見舞われたり、いろんな理由でこの地に集まってきて、新たな生活を築いているけれど、彼らが元いた場所は、今どうなっているんだろう?って。

 

女性たちに尋ねると、それならこの村の自治会の集まりに行くのがいいって教えてくれた。ちょうど夕方に集まりがあるというので行ってみると、そこにはたくさんの村民が集まっていて、中でも詳しそうな年配の帽子を被った男性の元へ連れて行ってくれた。

 

そてにしてもこの村は、みんなが知り合いのようで、人から人へと縁が結ばれていく不思議な村だ。さっそく、その帽子の男性にこの村に集まってきた人たちが元いた地域について聞いてみた。

 

「さっき、いろんな自然災害に見舞われた話を聞いたんだよね?そうした地域はもうそのままさ。この島にはもう、被災した地域を建て直す力もお金も残ってない[38] 。一部の裕福な人たちは、それはもう安全な家とシェルター、海外からの輸入食品に頼って暮らしているみたいだけど、みんながみんなそんな暮らしはできない。だから、この村では、自分たちの手で自分たちに必要な量をつくり、小さく暮らす暮らしが必要なんだと僕は思うんだ。」

 

そのままになっているんだちょっと驚いた。でもこの村みたいに新しい生活を作るのって大変そう。

 

「簡単じゃないけど、人と人が繋がりあってお互い思いやれば案外できるものだよ。あとは、新しいものも積極的に取り入れていくことかな。例えば、この村は小水力発電も実現させたんだ。元々水が近かったし、お米や野菜を育てるのに水は必要だから、これで電力を賄うことを考えたんだ。初めは村の人も半信半疑だったけど、今ではこの村の電力は、この村の水力発電でほとんど賄われているんだよ。他にもこれから、水素をつかったり色々チャレンジしたいと思ってるよ。」

 

人の力ってすごいわ。これからこんな村がいろんなところにできるのかしら。だって、大雨や台風、猛暑が原因なら、この島に限った話じゃないはず。世界中にもこの村みたいなところがあるのかしら?

 

「それは、僕にもわからないけど、ニュースでは、世界中でこの島と同じような異常気象や災害が報道されているよね。僕らみたいな人は、気候難民って呼ばれているみたい。そんな言葉があるくらいだから、きっと僕たちと同じように住む場所を追われたり、これまで通りの暮らしが難しくなってしまった人は世界中にいるんじゃないかな。」

 

長い間、この島を旅してきたけど、自分の国はどうだったっけ・・?そろそろ帰らなくちゃ。

逃田新地を訪れて

この逃田新地、やっぱり最後に来てよかったわ。これまでこの島を旅してきて出会って聞いた人々の話や街の様子のすべての結果がここにある気がした。この村の人たちは、自然という大きなものの変化に太刀打ちできずここへ逃げてきたり、変化してしまった暮らしや文化、制度に納得できずここの暮らしを選んだりと理由は様々。でも、それって、私にも当てはまることがたくさんある。

最後に聞いた話みたいに、きっと私が知らないだけで、この島だけでなく世界中で同じことが起こっているんだろう。そして、そうなってしまったのは、この島の人だけでなく世界中でこれまで生きてきた人たちの生活が影響しているんだ。

私が見たり聞いたりした、この島の旅の日記は、ここまで。でもきっとあなたの周りにも目を向けてみると似たようなことが起きてるんじゃない?どうかしら?

 

【 このエピソードに出てくる未来事象 】

[03]豪雨の増加
[24]外出困難・自粛・禁止
[36]生活困窮者・失業者の増加
[38]地域財政の悪化
[40]被災者の増加

私たちの世界に、今、何がおきているのか
CASE & DATA

 

気候変動の脅威は経済にも大きな損害を与える。1998年~2017年の間の自然災害による経済損失額は世界全体で330兆円に上り、その中で日本は第3位に位置している。330兆円の内、気候変動に伴う自然災害による経済損失は約252兆円を占めており、1978-1998年の20年間に比べて150%以上増加した。またこのまま2030年まで行くとさらに約250兆円の経済損失がある、との報告がなされており、気候変動に対応するために地方自治体の財政も圧迫するでしょう。

 

 

気候変動に伴う災害・被災者は年々増加をしている。2018年に、最も多くの避難者を出した災害のトップ10のうち8つは、中国、インド、フィリピン、インドネシアなどアジアで発生した。2014年から3年間で、アジア太平洋地域は55の地震、217の台風やサイクローン、236の洪水に見舞われ、6憶5000万人もの人々が被災したと言われている。気候変動により住居を追われる人たちが多発する地域が多発することが見込まれている。このままいくと、50年までに最大2億1600万人が難民化する発表されておりいる。

おわりに

本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。

温暖化が進行することで、猛暑日、豪雨、ドカ雪などの極端な気象現象が増加します。これらの気象現象は、人々の生活に直接的な影響を与え、健康問題や生活の質の低下を招く可能性があります。

猛暑日の増加は、熱中症や長期的な健康問題を引き起こす可能性があります。特に、社会的に弱い立場にある生活困窮者は、適切な冷房設備がないために熱波の影響を受けやすくなります。豪雨の増加は、洪水や土砂災害をもたらし、家屋やインフラの損傷、農作物の被害などを引き起こすことがあります。これにより、被災者の数が増え、多くの人々が避難生活を余儀なくされることになります。ドカ雪の増加は、交通の寸断や屋根の倒壊など、冬季における生活の困難を引き起こします。積雪による交通障害は、日常生活への影響だけでなく、経済活動にも影響を及ぼす可能性があります。感染症の増加や流行は、気候変動により伝染病の媒介生物の生息範囲が広がることで生じることがあります。例えば、温暖化により蚊などの媒介生物が増えることで、マラリアやデング熱などの病気が広がる可能性があります。

これらの変化は、地域社会に経済的な負担をもたらし、地域財政の悪化を引き起こします。災害対応や健康問題の対策、被災者への支援など、予算が必要となる領域が増え、地域の財政に重大な負担をかけることになります。地域財政の悪化は、公共サービスの低下や支援の不足を招き、より多くの人々が生活困窮状態に陥ります。最終的に、これらの問題により住居を失ったり、生活基盤を維持できなくなったりする人々が気候難民として発生します。彼らは安全で安定した生活を求めて移動を余儀なくされるため、国内外での新たな社会問題が生じることになるのです。