物珍しい作物がたくさん獲れる新しい田畑
2023.10.15
——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。
次の目的地は、この島の北部に位置する、なにやら物珍しい作物がたくさん獲れるという新形平野。というのも昔ここは、米どころとして有名で広大な稲穂が実る平野だったのだけれど、今ではどういうことか、稲穂はすっかり減った代わりにフルーツやちょっと変わった形の作物がユニークに売り出されているそう。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。
旅も終盤。今回は、これまで訪れたことのないこの島の北側にやってきた。この地域一帯は今も昔も作物の栽培に熱心だと聞くけれど、一体何を作っているんだろう?広大な平野はとっても気持ち良いい!のんびり歩いてみるとと、何やら果樹園らしい木々が見えてきて、その先には南国にあるようなヤシの木まで見える。
作業している農家さんに何を育てているの?と尋ねてみた。「僕のところは、みかんの栽培をしているよ。どうだい?ちょっと見ていくかい?」そう言われて、嬉しくなって、おじさんの方へ向かった。
ちょうど収穫の時のようで、“コシミカン”と箱に書かれていた。コシミカン…なんだかヘンテコな名前…と思い呟いていると、「ああ、これは、昔の名残だよ。昔は僕も、この街の多くの人もお米を育てていたんだ。でも最近はこの暑さでお米は不作が続いてね[33]。 その時育ててたブランド米から名前を譲り受けて今はみかんを育ててるのさ[13]。」
なるほど。なんか変わった名前だけど、美味しそう!昔米農家だった人たちは、みんなみかんを育ててるのかしら?
「いや~、もうやめちゃった人も大勢いるよ。”この島一番の米どころ”ってのが、ここで農家を営む僕らの何よりの自慢だったからちょっと寂しいな[34]。 今では、この地域よりもっと北の寒い地域でしか米は作れなくなって、大層な値段で売られてるよ[22]。」
「まぁでも、そんなこと言ってたって始まらないから、今はみんなこうして、みかんやぶどう、トマト、なんかを育ててみたりいろいろ工夫してやってるよ。そうそう!最近、向こうの農家の二代目が面白い野菜や果物を売ってるからいってみるといい。」
何が面白いんだろう・・?聞いてみたけど、おじさんはとにかくいってみてのお楽しみって教えてくれなかった。それじゃあいくしかない!ってことで、案内された道を進んでみると、直売所が併設された農家が見えてきた。
「いらっしゃい!どうぞ楽しんでみていってね~」元気な農家さんがお出迎え。そこに並んでいるのは、
白くて小さなお姫様“美白米”
皮と実が離れているからツルッとむけちゃう“ふわふわみかん”
悪魔のような顔をした甘い誘惑 “ジャック・オ・トマト”
と、なんとも不思議な名前の作物が並ぶ。一体これはなんだろう…?と、興味津々で覗き込む私に、お兄さんが話しかけてきた。
「あなたの国でもこんなに珍しい作物はないんじゃない?どうぞみていって!“美白米”はこのところの暑さで小さく未熟に育っちゃったんだけど、これはこれできれいでしょ?“ふわふわみかん”は暑さのせいで自然と皮と実が離れちゃうんだ。“ジャック・オ・トマト”はあまりの暑さで日焼けして黒くなったところが、ほらなんかハロウィンのカボチャみたいに目や口があるように見えるから名付けたのさ!見た目はちょっと怪しいけど甘さは保証するよ~![02]」
暑くなって変色したり傷モノだったりする作物たちを工夫して販売しているのね。それに奥には、背丈ほどの木々が広がるフルーツ狩りのコーナーが見える、近づいてみると「あなたが育てる楽しみ“キャッチ・ザ・フルーツ”」とある。
なんだか楽しそう!と思い、お兄さんに声をかけると、
「ここは、これまでのフルーツ狩りとちょっと違って、時々フルーツが自然にぽとっと落ちてくるんだ。それをうまくキャッチしたり、落ちそうな実を上手に収穫してね!」
なんで、実が勝手に落ちてくるの?と尋ねると、
「最近の暑さで[01]、ぶどうやりんご、柿やみかんなんかは、熟す前に自然と木から落ちてしまうんだ。ひとりでに落ちてしまって無駄になってしまう作物をこうして落ちる前や直後に拾って、家で少し置いて熟すのを待ってから食べれば美味しく楽しめると思って考えたんだよ。」
なるほど~!農家の方々のアイデアに脱帽だ。
農家さんに別れを告げ、農園がつづく道を歩いていると、なんだか物々しい張り紙やのぼり旗が目に着くようになってきた。
そこには、「農家・工場取水制限反対!」「農家を守れ!」といった言葉が。そばに、張り紙を貼っている人がいたので、話を聞いてみた。
「最近は、この辺りも雪が降らなくなって[06]降雪量の減少、多くの農家さんや工場の人とたちが困ってるんだ。昨年の夏は、住民の生活を守るために、農家と工場には特例として取水制限が出されてさ[23 取水制限]。我々も住民だから、みんなが大変なのはわかるんだけど、水が足らないってなった時、真っ先に農家や工場が使用する水を制限されるっていうのも、こっちとしてはまたまったもんじゃ無い‥」
なかなか見えずらいけど、たくさんの水がこの作物を育てているのよね。
「初めは、農家同士で近くの溜池の水を取り合ったり、なんてことも起こったんだけど、身内で争っても仕方ないって、みんなで団結して、こうして訴えてるんだ」
農家さんにエールを送って先へ進むと、道の駅が見えてきた。ここにもたくさんの野菜や果物が並んでいる。
ふと目をやると、そこには、“日台梨”“ブレンド米”と見慣れない品種が並んでいる。お店の人に聞いてみると、なんと新しく品種改良されたものだとか。
「この“日台梨”っていうのは、その名の通り日本と台湾の品種を掛け合わせて暑さに強い梨になっているそうよ。“ブレンド米”は、この暑さでこの地域だけでなく、この島全体でお米が不作になっているから、食べられるけど規格外のものを寄せ集めたお買い得商品!」
と教えてくれた。うーん、美味しいのかな・・?
道の駅の奥に進むと、お肉や加工品のコーナーが。
そこでは、“今話題!VR牧場牛”とポップがでかでかと飾られていた。なんだろうと思い読んでみると、なんとそこには、VRグラスをかけた牛たちが小さな小屋に入れらた写真が貼られていた…!
ここに書いてあったのは、「牛がげっぷやオナラをすると、メタンが発生し二酸化炭素の30倍の温室効果ガスに…!それを減らすために、VRで広い牧場のイメージを牛に見せ、ストレスを軽減!お肉も美味しくなって一石二鳥!」
とのこと。本当かな~?まだ信じがたいけど、VRグラスをかけた牛たちはちょっとシュール。横の棚には、ジャムや漬物などの加工品が並んでいる。お土産にちょうどいい!と思い見ていると、途中から、“バッタの佃煮”“干しカメムシ”となんか虫ばかり…!?
驚いてまじまじと見ていると、さっきのお店の人がやってきた。名物なのかと聞いてみると、
「あなた知らない?名物っていうか、最近はこうでもしなきゃ大変なのよ!そこら中の田んぼに、バッタやカメムシの大群が押し寄せて、もうあっという間に食べ尽くしていっちゃうの[13]。暑さだけじゃなくって害虫被害にも農家さんは頭を悩ませているのよ。」
初めに出会った農家のおじさんが言っていた、昔は米どころだったけれど今では獲れなくなったっていう話は暑さだけじゃなくって虫の影響もあったんだ。
それにしても、農家さんもお土産品もこの地域の人々のアイデア満載だ。
この新形平野では、見たこともない名前のお米や果物がたくさん生まれていた。ちょっと不格好でも味は美味しいし、いろんな変化に合わせて新しいものが開発されていくのも悪くないのかも?農家さんやお店の人はどの人も明るく楽しそうだったけど、きっと変化のたびにみんなで知恵を絞って乗り越えてきたんだろう。
この旅もそろそろ最後のスポットへ。最後は、この島で気になっていたけれど、なかなか足を踏み入れることのできなかったユートピア逃田新地にいってみよう。聞くところによると、これまでみてきたこの島の暮らしを目の当たりにした人たちが新しく作り上げた村なんだとか。全く想像がつかない、ドキドキ…!
【 このエピソードに出てくる未来事象 】
[01]気温上昇
[02]猛暑日の増加
[06]降雪量の減少
[13]生物の生息域変化
[22]水・食料価格の高騰
[23]取水制限
[33]農作物収穫量・漁獲量の減
[34]地場産業の衰退
温暖化による生物の生存域の変化で最も特徴的なのは、「蝗害」と呼ばれるバッタ類の大量発生によって引き起こされる災害です。2020年に東アフリカでサバクトビバッタの異常な大量発生があり、数万ヘクタールの耕地と牧草地が壊滅しました。
蝗害を引き起こすバッタは、主にトビバッタやワタリバッタと呼ばれ、個体数が増えると「相変異」と呼ばれる変化を経て、集団で行動するようになります。これにより被害が拡大し、日本にも生息するトノサマバッタやサバクトビバッタが含まれます。
蝗害の原因は、大雨によるエサの増加と高温多湿な環境条件の組み合わせで、乾季には被害地域から別の地域に侵入します。蝗害による被害は深刻で、農作物の損失に加え、食糧難や家畜の飼料不足などが発展し、飢餓や貧困問題につながることがあります。
日本にはサバクトビバッタは生息しませんが、イナゴによる蝗害が度々起こりました。対策法としては農薬や殺虫剤が主に使用されますが、環境への影響を懸念する声もあり、生物農薬も注目されています。2020年にアフリカで発生したサバクトビバッタによる蝗害問題はまだ収束しておらず、国連食糧農業機関(FAO)が動向を監視しています。日本への進入は低い可能性がありますが、蝗害は世界的な問題であり、選択と行動が求められています。
農研機構は、気候変動の影響を詳細に調査しました。具体的には、高温と高CO2の状況下で水稲がどのように成長するかを考慮した予測モデルを開発しました。このモデルを用いて、将来の気候変動が日本の水稲にどのような影響を及ぼすかを評価しました。
その結果、最新のモデルでは、従来のモデルよりも収量の減少と品質の低下が早く発生することが明らかになりました。具体的には、気温とCO2濃度が上昇し続けるシナリオでは、今世紀末には収量が約80%も減少し、品質も40%低下すると予測されました。これは、気温の上昇が水稲に対する影響を強化し、収穫量と品質に対する悪影響がより早く深刻化することを示しています。
温暖化の影響により、りんごとみかんの栽培地が北上しています。地球温暖化は気温上昇をもたらし、これが農業に影響を与えており、気温上昇は季節の変化や気候パターンを変え、農作物の栽培に新たな条件をもたらします。
りんごは寒冷地で栽培されることが一般的で、寒暖の差が果実の品質に影響を与えます。温暖化により、りんごの主要な栽培地が北上しています。これは、以前は寒冷だった地域が、りんごの生育に適した温暖な気候を持つようになっていることを意味します。りんご栽培に適した地域の年平均気温は、6°Cから14°Cの範囲にあります。現在、この範囲は北海道を除く広範囲に広がっています。しかし、2040年代には東北南部、2060年代には東北中部の平野部までが14°C以上になると予測されます。北海道もほぼ全域が適地になる見込みです。
みかんもまた、温暖な気候を好む果物で、温暖化に伴い栽培地が北上しています。これにより、新たな地域でみかんの生産が増えています。ウンシュウミカンの栽培に適した地域の年平均気温は、15°Cから18°Cの範囲にあります。この範囲は主に西南暖地の沿岸部に該当しますが、将来の予測では日本海沿岸の山陰地方など、関東や北陸の平野部、南東北の沿岸部まで適地になると予測されています。また、18°C以上の地域は現在は南西諸島と九州の南端部に限定されていますが、2060年代には現在の主要な産地の多くが18°C以上になり、中晩柑の栽培に適した気温となる可能性があります。
本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。
気温上昇は農業と地場産業に多くの課題をもたらし、持続可能な対策と適応策を考える必要性が年々高まっています。
高温は作物の生育に不利な影響を与えます。作物が過度に暑さにさらされると、光合成が低下し、栄養素の吸収が不足することがあります。これにより、収穫量が減少し、農産物の生産に悪影響を及ぼします。例えば、穀物や野菜の生産において、高温が収穫量の減少につながります。
高温は作物の品質にも影響を及ぼします。一部の作物は高温にさらされると外観品質が劣化し、市場価値が下がります。また、果物や野菜の味や香りにも影響が出ることがあり、奇形作物の生産につながっています。これは消費者にとっても当たり前だった野菜や果物が手に入らなくなることを意味しています。
気温上昇により、作物の生育期間や収穫時期が変化することがあります。これは農家にとって管理上の課題を引き起こし、農業スケジュールの調整が必要になります。高温は水の蒸発率を増加させ、農地の乾燥を引き起こすことがあります。これにより、灌漑が必要な地域では水不足が深刻化し、作物の生育に悪影響を及ぼします。
気温上昇は生態系にも大きな変化をもたらし、地場産業にも影響を与えます。例えば、高温に耐えられない野生生物は生息域を変えることがあり、これにより地元の漁業や狩猟などの活動が影響を受けます。また、気温上昇に伴って生息域が変化することで、特定の生物種が増加し、農地や漁業に害を及ぼす可能性もあります。
参考リンク
高温と高CO2の複合影響を組み込んだ最新のモデルによる予測
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niaes/143133.html
地球温暖化によるリンゴ及びウンシュウミカン栽培適地の移動予測
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/fruit/2002/fruit02-36.html
令和3年 地球温暖化影響調査レポート
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/index-73.pdf
農作物を食べ尽くすバッタの被害は、温暖化で今後ますます加速する
https://wired.jp/2020/03/08/the-terrifying-science-behind-the-locust-plagues-of-africa/