気候危機+DESIGN

interview

通蚊留半島

モスキートハンターが市民を守る町

2022.12.12

——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。 

次の目的地は、この島の北部に位置する通蚊狩半島。近年この北部の地域では、蚊が大量発生中!中でもまちをあげて感染症対策に取り組んでいるのがこの半島なのです。聞くところによると、蚊を退治するべくハンターなる人たちが立ち上がり、大いに活躍しているという。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。

20XX年10月
まちを守るモスキートハンター

山間を列車に揺られ、いつの間にかうとうとしていた。目を開けると自然いっぱいだった景色が一変。山肌には氷河が露わになっていて、日の光が当たってキラキラと輝きとっても綺麗!

 

ここが通蚊狩半島か〜!少しすると山を抜け、列車は街に入って行った。到着のアナウンスが流れ、列車を降りるとなんとも暑い…。駅にある温度計は39度[01]!

 

じりじりと照りつける太陽を見上げていると、駅員さんがひとこと。

 

「明け方はどっと大雨が降ったんだけど[03]相変わらず連日気温は高くって[02] おかげで今日は蚊が多めにうろついてるよ。どうか気をつけて楽しんでね!」

 

本当、もう10月だっていうのに、暑くってなんだかジメジメしてる… [04] 。とにかく街の中心部を目指そうと思い歩き出すと、耳元でプ〜ンっという音!急いで手で払い除けるも姿は見えない…。噂通り、蚊が発生している模様。でも、痒いのは嫌だけどたかが蚊よね。

 

…と思っていたら、前を歩いていた人たちが急に道端にはけて、その先から白いもやにつつまれ物々しい格好をした一団が現れた…!全身を防護服で包み、タンクを背負って大きなバキューム振りかざしながら歩いてくる。なになに!?なんだかかっこいい人たち!隣のいた街の人に聞いてみると、

 

「彼らは、モスキートハンターさ。この街では、蚊が大量発生して感染症が大流行したことがあってね[29] 以来、ああやって1日2回、町の蚊の駆除パトロールにあたっているんだよ。ほら、みて!あの背負っているタンク、蚊がうじゃうじゃ捕まえられてるだろ!」

 

こんなに蚊がいるの!?と思うほどたくさん捕獲されている!私の目の前にやってきたモスキートハンターにカメラを向けると、こちらに向かってにっこり笑いかけてくれた。

 

「お嬢さん、一人旅かい?ようこそ!ここにいる蚊はもちろん、ネズミや牛、豚なんかも感染症を人に伝染させてしまう恐れがあるから見かけたら近づかないように。感染症ってやつはものすごく威力があるから、かかるとかなりの確率で危ない状態に陥ってしまう[28]その前に我々が防ぐのさ。パトロールの他にも、特に蚊の発生が多い、林道には人が入れないようにバリケードを作ったりしてるよ。ほら、あそこに見えるだろう?」

 

モスキートハンターが指差す方に目をやると、物々しいバリケードととその間に、大きな虫にバツ印、注意!蚊大量発生!と書かれているみたこともない看板も見えた。

 

「じゃ、パトロールに戻るよ。この道をまっすぐいったところに、我々の研究所もあるからいってみるといい。」

ワクチンは定期接種が当たり前

言われた通り道を進んでいくと、途中で警察官に声をかけられた。

 

「そこの君。その格好でこの街を歩くのは危険だよ。ちゃんと長袖長ズボンを履くように」

 

え?そうなの!ごめんなさい…でもみんな着ていないのに、どうして?

 

「ここの街の人は、できるだけ感染症にかからないように3ヶ月に1回ワクチンを打ってるんだ。でも君は観光に来たんだろう?だったら危ないよ。医療機関は、常にいっぱいだから[25]、旅行先で感染しないように充分気をつけて!」

 

慌ててリュックサックから持っていたパーカーを羽織っていると、近くにいた街の人が話しかけてくれた。

 

「お嬢ちゃん、注意されちゃった?あんまり気にしないでね。昔この辺りは、寒くて蚊なんていなかったんだけど、いまでは年中、蚊取り線香や虫除けスプレーは常備するのが鉄則だよ。ほらこれ持っていきな。」

 

優しい街の人が虫除けグッズを渡してくれた。

 

「ちなみに、蚊がでやすい朝と夕方は不必要な外出禁止になっているからこの辺りに泊まるなら気をつけて[24]

 

そんなルールがあるなんて、初耳。この町に暮らす人たちの生活もここ最近で大きく変化したんだな。

感染症が広がる、そのわけは…

さらに道を進むと、一際目立つかっこいい建物が目に飛び込んできた。これが研究所だ。中に入ると、いかにも研究者らしい格好の人がいる。ハンターに会ったことを話すとこの街について教えてくれた。

 

数年前から急に蚊が増えてきたんです。我々の研究によると、感染症を媒介する蚊やダニが猛暑と雪が降らなくなったこと[06]により越冬できるようになり個体数が増えたこと。それに生息域が北上していることが原因と考えています[35]。」

 

でも、蚊が感染症を伝えるってことはなんとなくわかるけど、蚊が増えることと感染症の流行ってあんまりイメージがつかない…。素直にそう質問してみると、

 

「まず、牛や豚などの家畜が感染し、家畜の血を吸った蚊が他の家畜や人間に感染させるというのが今わかっている感染ルートです。蚊が増えると、このルートが爆発的に増えるんです。蚊や家畜にとっては無害のウィルスも人間にとっては命に関わる危険なものもあるんだ。最近は、日本脳炎やマラリア、コレラになる人が増えているよ[29] 。」

 

え!そういう病気っていまでもあるんだ。どこか遠い昔の話だと思ってた。

じゃあ、とにかく蚊を退治すればいいのね!と思ったけど、それだけじゃないみたい。

 

「実は、未知のウィルスを持った氷河の中の古代生物が溶け出し[18]ウイルスが放出されるという説もあるんです。まだこちらは、調査中ですが…」

 

あの列車から見た綺麗な氷河にそんな危険なものが潜んでいるなんて…。

通蚊狩半島を訪れて

この通蚊狩半島では、なんだか未来の生活を垣間見た気がする。これからどんな感染症が出てくるかわからないけど、なんとか暮らしができる街にしていかなきゃならないんだと感じた。

 

そういえば、この近くの森の中に、美味しいレストランがあるってガイドブックで見たな。森の中のレストラン、なんか素敵な予感…!SNSで調べるとなんだかボリューム満点の料理が食べられるみたい!行ってみよう!.

 

【 このエピソードに出てくる未来事象 】

[01]気温上昇
[02]猛暑日の増加
[03]豪雨の増加
[04]冬日の減少・暖冬の増加
[06]降雪量の減少
[18]凍土・雪氷の融解
[24]外出困難・自粛・禁止
[25]医療・保健体制の脆弱化
[28]死亡リスクの増加
[29]感染症の増加・流行
[35]感染症媒介生物の増加・生息域変化

 

私たちの世界に、今、何がおきているのか
CASE & DATA

 

気温上昇により永久凍土が溶け出し、眠っていた古代ウイルスが発見されています。フランスでは、東シベリアの永久凍土から4万8500年間シベリアの永久凍土層中で凍った状態にあったウイルスが蘇ったという研究結果が発表されました。古代ウイルスが永久凍土から発見された例は2003年以降に4例ありました。フランスで発見されたウイルスは、ヒトには感染しないといわれていますが、今後、ほかのもっと有害な病原菌が発見されることもそう珍しくないかもしれません。

 

感染症による医療崩壊の問題は非常に深刻です。2019年に真我方コロナウイルスが急激に拡大した際、救急搬送の受け入れを複数の病院から断られるケースが相次ぎました。東京では、4月に入って感染の疑いがある患者が、およそ110か所の医療機関から受け入れを断られたケースもあったことがわかり、受診をしたくでもできない状況が生まれていました。

 

気温上昇と感染症の増加・流行に厳密な因果関係は未だ証明をされていませんが、ここ数百年で感染症が急激に増加をしたことの一因である可能性があります。1900年以降、スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪、AIDS、SARS、豚インフル、MERS、エボラ出血熱、そしてCOVID-19と9つの感染症がこの100数年で発生しています。感染症が勃発することで命を落とすリスクも高くなり、スペイン風邪では5000万人以上の死者数が出たと言われています。今後も気温上昇に伴い、新たな感染症が頻出する可能性があるかもしれません。

 

 

気温上昇により、感染症を家畜から人、人から人へと移してしまう感染症媒介生物が増加し生息域も拡大をしています。1950年ごろまでは日本の東北地方にはヒトスジシマカは生息をしていませんでした。しかし、気温上昇に伴い2000年代に突入すると生息域がどんどんと北上し、2010年ごろには本州最北端の青森県でも生息が観測されています。同じように東南アジアから感染症媒介生物が日本に上陸する日もそう遠くないかもしれません。

 

おわりに

本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。

気候変動の影響により新型コロナウイルスなどの感染症拡大リスクが高まると言われている。その原因はダニや蚊、コウモリなどの感染症媒介生物と呼ばれる生き物たちの個体数の増加や生息域の拡大によるものです。

気温上昇に伴い、冬日の減少・暖冬の増加、降雪量の減少などにより蚊などの生物が越冬し生存率も高くなってしまいます。また豪雨の増加と猛暑日の増加により、これまでに日本の気候が亜熱帯性に近くなり、これまで存在し得なかった媒介生物が北上してきます。

また平均気温の上昇・猛暑日の増加より永久凍土が融解し眠っていた古代ウイルスが出現する、なんてことが既に起きています。幸い、現時点では私たち人間に有害なウイルスではないことが証明されていますが、今後人体に被害を与えうる個体がいつ出現してもおかしくありません。

その結果、新型コロナウイルスのような感染症が頻発。私たちは外出自粛・禁止を余儀なくされ、感染症に伴う死亡リスクは増加し、感染しても逼迫する医療体制下では受け入れを拒否される…、感染症の脅威に怯えながら暮らす未来もそう遠くないかもしれません。