気候危機+DESIGN

interview

ハコダケ漁港

見たこともない不思議な魚介類が水揚げされる港

2022.08.30

——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。

次の目的地は、北の大地にあるハコダケ漁港。かつては、太平洋の豊かな海で育った丸々太ったマグロなど、網いっぱいの魚が毎日水揚げされていたが、今ではめっきり魚の数が減り、種類も変わり、不思議な形の魚たちが水揚げされるように。漁港の人々は、今日はどんな魚が揚るか不安とワクワクを同時に感じながら船の帰りを待つのです。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。

20XX年8月
運ばれるのは、
馴染みのない魚と箱だけ?

わたしが漁港につくと、ちょうど水揚げの時‥!

網から勢いよく飛び出してくる魚たちを鮮度命!とばかりに、手早く魚を運び入れる漁師たち。活気溢れる漁港では、またたくまに競りが始まった。

 

「あいよー!ブリ!サワラ!カイダコ! [04]

「あがいよー!アカジンミーバイ!マクブ!アカマチ!!」

 

次々と水揚げされる魚に、私は興味津々。隣にいた漁師さんに話しかけてみた。

 

「最近は、昔は取れなかった魚ばかり網にかかるんだよ。海水があったかくなって [12]アカジンミーバイやマクブみたいな元々南の方で揚がっていた魚がこっちにきてるんだ。 [13] 昔この街は、イカの町って呼ばれるほどイカがよく取れたんだけど、最近はすっかり減っちまったな〜。まぁでも、いまでは毎日どんな魚が上がるのかちょっと楽しみだよ!」

 

そんな話をしていたら、市場に運ばれてくるケースには、数えるほどしか魚が入っていないものばかりになって、賑やかな競りはものの数分で終わってしまった。ここは、この島でも随一の漁港だと聞いていたのだけど‥。いかにもベテラン風の漁師に、恐る恐る話しかけてみた。

 

「俺はこの街に生まれ育って長年漁師をやってきたが、昔みたいな大漁は、夢のまた夢だね。かつては、あの箱いっぱいの魚を港に持ってくることが誇りだったが、今ではそうもいかねえ。海水の温度が高くなったせいで[12]漁獲量は落ち込む一方だよ。[33]おまけに、絶滅寸前の魚を保護するっていうんで禁漁期間も長くなっちまった。[11]

 

俺たちの仲間の何人かも早めに見切りをつけて、[34]やれ太陽光パネルだ、やれ電気自動車の販売だ、と仕事を変え街を離れていったよ。[39]時代の流れかもしれないけど、俺にはできねぇな。」

 

そう話しながら、漁師のおじさんは海辺のあたりを指さして続けた。

「ほら、あそこに小さな砂浜があるだろ?昔はたくさんの観光客が訪れる大きな海水浴場だったんだ。でもここ最近、高潮や激しい大雨が増えたり、かと思えば、雨が降らない日が増えたりして、だんだん砂浜が無くなっていっていつの間にかあんなに小さなくなっちまった。[21]おまけに、海面が上昇しちまったせいで、もう砂浜とはよべねえな。」

 

悲しそうに遠くを見つめる漁師のおじさん。漁師さんやこの町の人は海の変化を身近に感じながら生活しているんだな‥。

幻の高級魚さんま

さっきのベテラン漁師さんが、せっかく来たなら場外の魚屋さんやお寿司屋さんに寄っていきなよ、言っていたので市場の外へ。

そこで、とんでもない高級魚を見つけたの。「幻の魚さんま 1尾1万円 」とあり店先にそれはそれは大事そうに並んでいた。[22]じーっと見つめていると、魚屋の店主が奥からやってきた

 

「お嬢ちゃん、さんまをお目にかかれるなんてツイてるね!いまでは、滅多に獲れない貴重な魚なんだよ。[33]

 

話していると、珍しいさんまをひと目見ようとやってくるお客さんに囲まれちゃった。

 

「わ〜!さんま久しぶりだな〜!」

「高くてうちには手が出ないから、見て食べたつもりにするわ。ご馳走様〜。」

 

なんて口にする人も。…と、その脇から眼光鋭い男性が現れて、気持ちよくお買い上げ!!思わずお客さんから歓声が上がってまるでヒーロー登場って感じ。すると隣からこんな話が聞こえてきた。

 

「まあ!また、あの有名高級料理店の料理長がお買い上げよ!」

 

さぞかし美味しいんだろうな、と一層お腹がすいてきちゃった。

さんまが並んでいた横には、『茹であさり』に『殻なしハマグリ』『手無しガニ』とある。これは?と尋ねると店主が教えてくれた。

 

「これ?茹であさり!ここで茹でたんじゃないよ、海水から茹で上がった状態で水揚げされるんだ。[12]真夏限定の商品だよ!殻なしハマグリと手無しガニは、最近海が酸性化っていうの?なんか調子が悪いみたいで、この姿で水揚げされるんだ。[10]でも、味は保証するよ!」

 

どれも、海水の塩分たっぷり!と自慢げだったが、どんな味がするんだろう・・。

 

イカ、いくら、うに…
どんどん消える寿司ネタたち

少し歩くと、朝から賑わうお寿司屋さん を見つけた。やっぱりこの島に来たからにはお寿司が食べておきたい!

 

「へい!いらっしゃい!今日一番は、ノルウェー産サーモンだよ!おひとついかがっすか〜」

 

あんなに近くで水揚げされてるっていうのに、海外で取れた魚…?不思議に思いつつメニューを眺めるも、ガイドブックにあったイカやうに、いくらがどこにも見当たらない。あの写真にあったキラキラ光るいくらをどうしても食べたい…と思って、お店の人に尋ねてみた。

 

「いくら?いくらは、なかなか入ってこないんだよ。もう海が熱くて鮭がこの島には帰ってこないんだ。[12]グルクンなんてどうだい?」

 

あまり馴染みのないグルクンって魚。食べてみたけど、甘くて美味しい!なんだかふぐに似てると思って聞いてみると

 

「お嬢ちゃん!ふぐなんてどこで食べたの!?この島では、毒化が進んでもう食べられないんだよ。[12]昔は、ふぐと並んで人気だったアワビやイセエビ、サザエなんかも、海の中の藻がなくなる磯焼けってのが起こってめったに取れなくなっちゃって。[33]代わりといっちゃなんだけど、マイワシなんかが新鮮で美味しいよ!」

 

なんだかイメージしていたお魚じゃなかったけど、おすすめされたお魚はどれもとっても美味しくて大満足。

ハコダケ漁港を訪れて

このハコダケ漁港では、思ってもみない魚がたくさんみられた。それはとっても楽しかったし、食べたお魚もどれも美味しかったけど、なんだか海の様子が変わってきているのを感じた。

 

これだけ海に変化があるってことは、海に繋がる川の方はどうなっているんだろう? そういえば、どこかで竜が現れる川があるって聞いたな。何だか怖そうだけど、竜を見てみたい気も….

 

【 このエピソードに出てくる未来事象 】

[04]冬日の減少・暖冬の増加

[10]海洋酸性化

[12]海水温の上昇

[13]生物の生息域変化

[14]一部生物の絶滅危機

[21]砂浜の侵食

[22]水・食料価格の高騰

[33]農作物収穫量・漁獲量の減

[34]地場産業の衰退 

[39]地域外への人口流出

私たちの世界に、今、何がおきているのか
CASE & DATA

 

世界の海洋酸性化はこの30年で急激に進行しています。待機中の二酸化炭素濃度が上昇するにつれ、海が吸収する二酸化炭素も多くなり、その結果、海の酸性化も深刻になっていきます。地球全体の平均海洋pHは、1990年時点以降で約0.05(10年当たり約0.018)低下し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書で報告されているペースよりも速い酸性化が記録されています。

 

日本近海では、急激な海水温の上昇が記録されています。約100年あたりの海域平均海面水温(年平均)の上昇率は+1.16℃と、これは世界平均(+0.56℃)の約2倍の上昇率となっています。海水温は今後も上昇することが予測されており、4℃上昇シナリオ(RCP8.5)では、21 世紀末の日本近海の平均海面水温は、約 3.6℃上昇することが見込まれています。

 

温室効果ガス・気温上昇に伴う海水温の上昇や酸性化等の海の変化により、海の生き物たちの生息域も変化をしています。より快適な生息域を追い求めて、北へ北へと移動をしていきます。「海の熱帯林」と呼ばれ豊かな生態系の鍵を握るサンゴ礁は、国立環境研究所によると、過去65年間で主な分布域が九州から関東へと大きく移動をしています。ブリやサワラ、日本本海のスルメイカや北太平洋のシロザケも北上しつつあり、海の生態系が大きく変わりつつあります。

 

近い将来、日本の海の幸が絶滅する危機に晒されています。このまま気候変動が進み、海の酸性化・気温上昇が進むと、2050年にはシャコ、シロザケ、イクラ、イカナゴが、消滅に危機に瀕しています。また2080年から2100年にかけては、ホタテ、ウニ、アワビ、ヒラメ、マダイ、ズワイガニ、などが、酸素濃度の低下や豪雨災害によって、消えゆくことが予測されています。

 

このままでは世界の砂浜の半数が2100年までに消滅する恐れがあります。イギリスの科学誌Nature Climate Change(ネイチャー・クライメート・チェンジ)に掲載された論文によると、化石燃料の利用を激減させたとしても、世界の砂浜海岸線の3分の1以上が2100年までに消滅する可能性があります。日本でも、海岸における土砂の供給と流出の不均衡や台風や冬季風浪等の災害などにより、 全国各地で、海岸侵食が生じている。日本からも海岸が消えて無くなる日もそう遠くないかもしれません。

 

令和2年度の海面漁業の漁獲量は、前年に比べて1万5,393t(0.5%)減少しています。海面漁業の漁獲量は321万3,035tで、まいわし、ほたてがい等で増加したものの、さば類、さんま等で減少したことから、前年に比べて1万5,393t(0.5%)減少しました。内水面漁業・養殖業の生産量は5万832tで、しじみ漁獲、ます類養殖が減少したことから、前年に比べて2,151t(4.1%)減少しました。

 

おわりに

本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。

 

平均気温の上昇による海水の上昇、化石燃料の消費による海の酸性化、降雨日の減少や豪雨の増加による海岸・砂浜の消滅。温暖化による気候変動は海にも大きな影響を与えており、海の生き物たちを取り巻く環境は大きく変わりつつあります。

より快適な生息域を求めて多くの生き物は北上し始めています。しかしながら、全ての生き物が適応できるわけではなく、一部生物は新しい環境への適応ができず個体数が減少。絶滅の危機に瀕している生物も出始めており、海の生態系が崩れつつあります。

海の変化の影響を大きく受けるのは漁業を中心とした地場産業です。毎年の漁獲量は年々減少傾向にあり、価格も急騰し私たちにとって馴染みのある魚介類が食卓から消えてしまうかもしれません。さんまやブリなどは一部の富裕層だけが口にできる食糧になる。そんな未来が訪れることも十分あり得るでしょう。