気候危機+DESIGN

interview

火歩谷クランブル交差点

灼熱の谷を無事に渡り切れるか?

2022.07.24

——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。

少女の旅の最初の目的地は、やっぱりここ。世界一有名な交差点。火歩谷クランブル(crumble : ぽろぽろと崩れる)交差点。かつて若者文化の発信拠点として名を馳せたこの通りは、今では灼熱の谷として別の異名で有名になりました。この日も最高気温は45℃。太陽がコンクリートをジリジリと照りつけ、物凄い熱気で鉄板のような湯気が出ています。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。

20XX年7月
別名「灼熱の谷」

今日やってきたのは火歩谷クランブル交差点。クールでポップな文化の中心地。ファッションやアニメ、若者文化を牽引する聖地に来れてとっても嬉しい!

 

でも、とにかく暑い。暑すぎる。ジメジメ。蒸し蒸し。やばい!

ギラギラと太陽が照りつけているのに加えて、ビルや道路からも熱と蒸気が放射されていて、まるでサウナの中にいるみたい。電光掲示板の温度は、なんと45度!。なんだか周りの人々の様子も少しおかしくて、交差点近くの日陰に隠れて、今か今かと待ち構えている人たちばかり。

 

すると、信号が青になった途端、周りの人たちがグッと息を呑み込み一斉に交差点を渡り始めた。あちぃ!!止まっちゃダメだ!という声と悲鳴を上げながら必死に交差点を行き交っていく人の波。

 

何がそんなに熱いの?と思って、よくみてみると、人々が足を踏み出すたび、アスファルトから煙が上がるとともに、ジュージューと鉄板で何かが焼けるような音が聞こえてくる。必死の形相で叫びながら、みんなやっとの思いで対岸まで渡りきっていた。

 

目的のお店に行くには、私もここを渡らないといけないのか。とてもじゃないけど、勇気が出ない・・カフェの前の小さな日陰の下でたたずんでいたら、店員さんが私にこんなことを言ってくれた。

 

「お姉さん、交差点を渡るの?この時間帯はやめた方がいいわよ。数年前まではここも普通の交差点だったんだけどね。最近ぐんぐん気温が上がってめっきり暑くなって[01]、ヒートアイランド現象だっけ?私も詳しくは知らないんだけど、この辺りは周りの地域に比べても輪をかけて暑いんだよ。おかげでアスファルトがものすごく熱くなっちゃって別名灼熱の谷と呼ばれてるんだよ。」

 

踏み出したら最後、100メートル走!と思えるほどの全力疾走で駆け抜けなければならない交差点。あまりの熱さに、一歩踏み出すのを渋る人、ここを通ることを諦めて日陰を求めて大幅に回り道してる人もいる。

私がどうしようかと迷っていたら、目の前で急いで渡ろうとしていた人が、足がもつれて転んじゃって、熱い!熱い!とのたうちまわって、どんどん火傷が・・周りの人が助け起こしてくれて何とか大事には至らなかったみたい。

 

「もし渡るんだったら、対岸だけをじっとみて、周りの人は気にせず一気に渡るのよ。ゆっくり歩いてるとどんどん足の裏が焼けていくから、なりふり構わず走り抜けるのが無事に渡りきるコツよ」

 

と、カフェの店員さんが私に教えてくれた。

おしゃれなマーブル模様?

一度は挑戦しようとしたものの、やっぱり恐ろしくて灼熱の谷は渡れなかった。よくよく見てみると、なんだか道路の様子もヘンテコだ。

所々アスファルトが割れていたり、ぼこっと隆起していたり。不思議なマーブル模様もあったりする[26]。ここは文化の発信拠点…もしかしてこれも新進気鋭のアーティストが手掛けた道路だったりするのかしら?と考えていると、工事をしているおじさんが話しかけてくれた。

 

「お嬢ちゃん、そこ気をつけな。その先はぼっかりと大穴が開いちまってね、渡るならあっちの本屋の方から回っていくといいよ。」

 

最近は道路の破損が各地で相次いでいて、このおじさんも土木作業のお仕事でひっぱりだこで全島各地を飛び回ってるそうだ。どうして、道路がこんなことに?と尋ねると、

 

「何言ってるんだよ、お嬢ちゃん。気温だよ。これだけ暑いと、アスファルトも溶け出して、穴が空いたり、ヒビが入ったりしちゃうみたいよ。そこに最近お決まりのゲリラ豪雨が降り注ぎ[03]、ヒビに水が大量に入って、バチンと大穴があくらしいよ。どっかの島では道路が人を飲み込んだらしいぞ

 

信じられない!と思い調べてみると、高速道路が地割れを起こして大事故になったり、線路が熱で曲がって鉄道が動かなくなったり、なんていうニュースもあった。暑いと具合が悪くなっちゃうのは、人間だけじゃないんだ。深刻な財政悪化で道路の修繕まで手が回らない地域も多いみたい[38]

暑さに倒れた人を救う救急テント

遠回りしたけど、なんとかお目当てのお店に行けて、気分はハッピー!店を出た時は、日も落ちてそこまで暑くなかったし、さっきのクランブル交差点を渡れるか挑戦してみたい気持ちもちょっと湧いてきて、帰り道にまた戻ってみた。すると、道路脇にお医者さんや看護師さんが集まっているテントを見つけた。

 

さっきあんなのあったっけ?と思い人混みをかき分け近くまで移動してみると、そこには倒れて気を失っている人が何人も。

 

「おばあちゃん、この時間に外出するなんてとんでもないですよ。今日は今季の最高気温を更新するから、12時から17時までは外出自粛令が朝のニュースでも出ていた[24]でしょう。これだけ気温が上がる日も珍しく無くなってきた[02]んだから、気をつけないと。お年寄りやお子さんにとっては、まさに命取りの暑さですよ[28]

 

「先生すまないねえ。ちょっと近くのスーパー行くだけだから、大丈夫と思ったんだが…。まさか自分が熱中症になって、病院の先生方にお世話になるなんて。だけどねぇ、わしら老人と子どもだけが出られないなんて差別じゃないのか。近頃の若いもんはみんな年寄り扱いしてすぐに家に閉じ込めようとる。うちの嫁もねぇ・・」

 

その隣にはベビーカーをひいたお母さんと赤ちゃんが休んでいて、看護師さんが処置していた。

 

「お母さん、大丈夫?お母さんも気をつけなきゃだけど、ベビーカーに乗った赤ちゃんはアスファルトの照り返しを強く受けるから、もっと暑く感じてるの。この時間の外出は、他の人よりもっと気をつけなくちゃダメだよ。」

 

周囲の会話に耳をすましていると、白衣を来た先生に話しかけられた。

 

「おっと、きみも気分が悪いのかい?違う?それはよかった。でも気をつけてね。ここは島内でも有数の猛暑地帯でね、熱中症であっちこっちで人がバタバタ倒れてるんだよ。こんなでこぼこの道路じゃ救急車もろくに通れないから、こうやって救急治療テントができたんだ。この近くの病院に熱中症患者が毎日100人以上搬送されているんだけど[30]、新型感染症の影響もあって、ベッドも全然空いてなくて、ずっと混乱状態[26]。我々医療者には地獄のような状態が続いているよ[25]。」

 

言ってるそばからどんどん新しい患者さんがやってきて、お医者さんたちはみんな大変そう。こんな暑いところでずっと患者さんの対応をしているなんて、お医者さんたちの方がまいっちゃうんじゃないのかな。お世話にならずに済むよう、私は早いうちに涼しいところに移動した。

火歩谷クランブル交差点を訪れて

このクランブル交差点はとっても危険でわたしには一歩を踏み出す勇気がなかった。けどそれで正解だったかも。なんだか今、少し頭が痛くってちょっと熱っぽい気がする…。

 

そして、工事のおじさんが、日本にはもっと大変な場所もあるって言ってたけど、そこで暮らしている人たちはどうやって移動しているんだろう。

 

今度は歴史ある日本文化に触れたいな。次は、浸島神社に向かおう。海に浮かぶ大きな鳥居が楽しみだな。

 

【 このストーリーに出てくる未来事象 】

[01] 気温上昇

[02] 猛暑日の増加

03] ゲリラ豪雨の増加

[24] 外出困難・自粛・禁止

[25]医療・保健体制の脆弱化

[26]生産・交通インフラの損傷

[28]死亡リスクの増加

[30]熱中症の増加

[38]地域財政の悪化

私たちの世界に、今、何がおきているのか
CASE & DATA

 

日本の年平均気温は、1890年代から継続的に上昇しており、約100年あたりで1.28℃の割合で上昇しています。100 年あたり0.68℃の割合で上昇している世界の年平均気温より上昇割合は高くなっており、2倍近い上昇率を記録しています。このまま進行すると、最善の場合でも1.5℃上昇は避けられず、最悪の場合には3.3~5.7℃の上昇が予測されています。

 

温室効果ガス排出の増加に伴い、日本の猛暑日も年々増加しています。今世紀末の日本において、最高気温30℃を超える日は、全国的に返金52.8日増加すると報告されています。西日本では一年の三分の一、沖縄諸島では一年の半分程度が30℃を超えるなど、もはやこれがスタンダードになるでしょう。

日最高気温が 30℃以上の日(真夏日)及び 35℃以上の日(猛暑日)の日数は、ともに増加しています(国内13観測地点の1910年から2019年観測値による)。特に、猛暑日の日数は1980年代前半までは一地点あたり年間1-2日程度の年が大半だったものの、1990年代以降は2日以上、3日以上が常態化し、4日以上の年が5年存在しています。また熱帯夜(夜間も25℃未満に下がらない日)も増加しており、寝苦しい夜が増えています。

 

気温が35℃以上になると、高齢者は安静状態だとしても熱中症になる危険性が高くなっていきます。また外出はなるべく避け、涼しい室内に移動することを推奨されており、猛暑日が増加することで、外出が困難になり、自粛する動きや、さらに深刻化すると行政や政府からの禁止令が出ることも予測されています。

 

熱波の増加による交通インフラの損傷が世界各地で報告されています。アメリカ・ワシントン州では、熱波の影響によりアスファルトひび割れし、2本の車線に太いこぶのような裂け目ができていました。日本でも同等の事故は発生しています。2018年、富山県射水市を走る万葉線では路面電車が脱線。気温上昇によりレールが膨張して歪みが出たことが原因とされています。

 

2010年以降、熱中症による緊急搬送者数は増加傾向にあります。特に非常に暑い夏となった2018年は92,710人、次いで2019年が66,869人、2020年が64,869人と近年多 くなっています。また、熱中症による死亡数は、1993年以前 は年平均67人ですが、1994年以降 は年平均663人に増加しています。2020年には1,600人を突破し、私たちの生命リスクを脅かす症状に一つになり始めています。

 

おわりに

本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。

気候変動に伴い、夏期を中心とした気温が上昇し続け、猛暑日がどんどん増加しています。もはや、ただ単に暑いというだけではなく、私たちの暮らしに様々な影響を与え始めています。

この連載がスタートした2022年は、6月としては国内では史上初の40度超(40.2度)を観測するなど、例年以上に猛暑の夏をまさに迎えようとしています。

気温の上昇は、熱中症という形で私たちの身体に襲いかかってきます。体温をコントロールできないほどの暑さに晒され、熱中症になるリスクが格段に上昇することでしょう。特に、高齢者や子供たちにとっては、一つ間違える死に繋がるほどの危険性があり、命を守るために、外出自粛・禁止等が発令されることも予想されます。熱中症による緊急搬送も増え、医療体制の崩壊や地域財政の逼迫も免れないでしょう。

灼熱の気温は都市インフラをも破壊し始めることでしょう。熱を吸収したアスファルトはどんどんと膨張し、道路に亀裂が入り、地割れが起こることがあります。アスファルトだけではなく、電線や線路などが歪む現象も予想されます。

気候変動の影響により、外出する、歩く、移動するという、当たり前の日常が失われる可能性があるのです。