気候危機+DESIGN

interview

暴竜川

暴れる竜が出現する神秘的な川

2022.10.19

——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。

今回訪れたのは、暴れ竜が出現するという神秘的な川、暴竜川。
かつては豊かな水量を誇る穏やかな川として知られていましたが、近年の集中豪雨の増加で暴れ竜が姿を現し、濁流と共に頻繁にまちを飲み込むようになりました。

まちの人々の間では、竜の怒りをおさめるため、いつしか竜をこの土地の守り神として讃え崇め、信仰の対象としています。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいて見ましょう。

20XX年9月
暴竜様、川から現れる

今日は、この島の真ん中あたりにある山村にやってきた。のどかな山の麓に広がる家々、田畑。そして、なんといっても太陽に照らされてキラキラと流れる広くて大きな川。なんて気持ちいいところなの!

 

川沿いをお散歩しながら写真を撮ったりして楽しんでいたら、なんだか急に雲行きが怪しくなってきた・・。もう、ツイてない。宿まで行先を急ぐも、途端に激しい雨が降ってきた・・!

 

「カン!カン!カン!」

「おーい!暴竜様がくるぞー!

 

え!?暴竜様って・・?今日は曇り予報だったのに。なんて思っているうちに、なんだかまちが騒がしくなってきて、あたりを走り抜けていく人の波。

 

「お嬢ちゃん、こんなところにいたら暴竜様に飲み込まれるぞ!急いで高台へ!」

 

そういって手を引かれ、宿のある高台へ大急ぎで駆け上がった。着いた途端目の当たりにしたのは、川で暴れ狂う竜の姿・・!

 

水しぶきを纏った竜は、蛇行しながら民家や橋、車を呑み込みながら物凄い勢いで河口に迫ってくる・・!

 

呆気にとられていると、目の前に全身白い衣装に身を包んだ一団が歩いてきた。この人たちは一体・・と不思議そうな顔で眺めていると宿屋の主人が教えてくれた。

 

「この人たちは町の中でも選ばれし、暴竜様をおさめるための儀式を執り行う人たちだよ。最近この町では、頻繁に大量の雨が降って [03]、暴竜様が現れる。 昔は数十年に一度程度だったんだが、最近じゃ一月にいっぺんはいらっしゃるようになったなぁ。その姿は竜そのもの・・!竜がの体が波打つようにみるみる民家や道を浸水させ、しまいには、海も荒れて大きな波が起こり[15]、沿岸部の家々も一網打尽だよ。」

山から崩れ落ちる、土色の濁竜

宿屋の主人の話を聞いていると、なんだか遠くの方からバキバキと木の枝が折れるような音が聞こえてきて、暴竜様の後ろから濁った水が流れてきた。

 

「これは、濁竜様のお出ましだ・・」

「暴竜様、濁竜様、鎮まりたまえ。どうかこの地をお守りください・・。」

 

あっという間に、山が崩れて山肌があらわになったそばから土色の竜が現れた・・!すると女中さんが教えてくれた、

 

「あれは、濁竜様よ。暴竜様だけではお鎮まりにならなかったということね…。濁竜様は、更なる大雨で地盤が緩むと山崩れとともに姿を現すの。ほら、濁竜様の体には山の土砂や岩石なんかが見えるでしょ? あれ、みんな山から食いちらしてくるのよ[20]。そうしてみるみる竜の体が大きくなって、もう町にいらっしゃった頃には、家もたやすく丸呑みできるくらいになってるわ[27] 。」

 

私があまりにも驚いた顔をしていたのか、女中さんはこう続けた。

 

「でも安心して、この宿は高台にあって、“風水害安心の宿”にも認定されているお宿だから。ゆっくり休んでいってね。今は道路も橋もだめになっちゃって出かけられないけど、すぐに、復旧作業が始まるわ。[26] それに最近、こういうことがあっても孤立しないように水に飲まれて沈んでも大丈夫な橋も作られたばかりよ。だからあまり心配しないでね。」

 

女中さんの言葉に、安心する気持ちもあったけど、目の前では荒れ狂う暴竜様、濁竜様が、川上からものすごい早さで低い土地の建物を次々となぎ倒していく。きっと、あの暴れ竜に勝てる家も橋もないんだ・・。と、なんだか茫然としてしまった。ここは、まちの人に任せて一休みしようと、部屋に向かった。

 

部屋でちょっと休みながら、SNSを眺めてたんだけど、暴流川のニュースやコメントばかり。専門家によると

 

「暴竜様は、たくさんの温かく湿った空気が地面に流れつづけることによってできる線状降水帯が原因の場合が多いんです。これが大雨を引き起こすんですねー。」

 

「濁竜様の方はそれに加えて、森の手入れをする人がいなくなり、荒れ放題になってしまったり、山肌を削って太陽光パネルを大量に設置したりしたことが頻繁に山崩れが起きやすくなった原因と言えます。[20]

 

うーん。なんだか難しい・・。私たちには一体何ができるんだろう。

この地に住む人、
水害の無い地に移り住む人

翌朝には、昨日このことなんて嘘の様な天気で、お日様はかんかん照り。宿をまちに降りてみると、そこではもう塊になった泥を避けていたり、一面に広がる水を掃き出したりする人がいて、家の復旧作業もあちらこちらで始まっていた。ちょうど役場の人らしき女性がいたので話しかけてみた。

 

「最近は被害が大きくて、避難する人も増える一方。まちの高台には避難所が用意されているけれど、いつも人でいっぱいよ[40] それに豪雨被害にあって家を無くしたり仕事を無くした人たちへの支援は追いついていないわね[36] 。あまりに頻繁に豪雨が降って暴竜様が現れるから、私たちは復旧作業も慣れたもんだけど、まだ安全でないとこらがあるから気をつけてね!」

 

そう言って、女性は忙しそうに次の現場に向かって行った。少し歩くと、なんだか不思議な丸い乗り物?のようなものから出てくる一家を見つけた。私は駆け寄り、見たこともないその丸いものは何かと尋ねてみた。

 

「ああ、これかい?これは最新式のシェルターさ。僕ら一家はこの町で生まれ育ったんだけど最近の豪雨被害に参っていて、このシェルターに非難するようにしてるんだ」

 

そんなものがあるなんて・・!こんな画期的なものがあるのに何でみんな使わないんだろう・・?

 

「ああ、こいつは少々高額でね。まちの人みんなが持つのは難しいんじゃないかな。町で支給してくれたらいいんだけど、この通り復旧作業にお金がかかってそれどころじゃないんだよ[36] だからこの町を離れて水害のない安全な地に移り住んだ人も大勢いるよ[39] でも僕はこの通り、一家一代このまちに愛着があってね」

 

そうはにかんで話す男の人は、いかにもお金持ちそうで、これから高台の別荘に行くと言って行ってしまった。後で聞いたところによると、地元の建設会社の社長で復興工事などを一手に受注していて、最近は羽振りが良いんだって。みんなが避難できるものを作ってあげればいいのに。

 

そこから少し先に目を向けると、今度は土砂が流れ込んだ畑があった。農家の方が一所懸命流れ込んだ土砂の除去作業にあたっている。

 

「いやーすっかりな様子だろ?。この辺り一体の作物はみんななくなっちまった。まあ、暴竜様や濁竜様が食べていかれるから仕方ない。この土地で昔から良質な米や野菜がとれるのも、お二方の竜様がきて、土地を肥沃にしてくれるからなんだよな。最近はちょっといらっしゃるのが多くて困ることの方が多いんだけど….それにしても、いったんこうなちまったら気候危機保険の資金をもとにきちんと手入れをしてやらないといい畑には戻らないから、がんばらねえとなー。」

 

この地域で暮らしていくということは、暴竜様や濁竜様と共にうまく生きていくということらしい。たくましく作業をすすめる姿が印象的だった。

暴竜川を訪れて

このまちでは、ものすごい勢いで暴れ回る暴竜様や濁竜様を目の当たりにした。その姿はとてつもない迫力で、到底人の手には及ばない神秘的なものだった。でも、こんなにも頻繁に豪雨が降って河川が氾濫するという怖さも同時に感じた。

 

きっとこの町の人は、この先もこの豪雨とともに生きる術を見つけていくんだろう。

 

今度は、暴竜様や濁竜様がやってきた北の方に進んでみようかな。もっと神秘的な生物や不思議な生物に出会えるかもしれない。次は、通蚊留半島に行ってみよう。

 

 

【 このエピソードに出てくる未来事象 】

[03]豪雨の増加

[15]河川氾濫・高潮・高波

[20]土石流・崩落

[26]生産・交通インフラの損傷

[27]住宅の損傷

[36]生活困窮者・失業者の増加

[39]地域外への人口流出

[40]被災者の増加

 

私たちの世界に、今、何がおきているのか
CASE & DATA

 

日本全国の1時間降水量50mm以上の年間発生回数は年々増加しています。2012年~2021年の10年間の平均年間発生回数は約327回を記録しており、1976~1985 年の統計期間の最初の10年間の平均年間発生回数約226回と比較すると約1.4倍に増加。このまま気温上昇が続くと豪雨の発生回数も増加する見込みです。

激しい雨を降らせる線のように存在する雨雲は「線状降水帯」と呼ばれています。線状降水帯とは「次と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出されるものです。、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」を指し、まさに竜のような雨雲が広がる様子を目撃することができるのです。

 

地球温暖化などの影響で河川の氾濫リスクは高まっています。国土交通省が発表したレポートによると、国が管理している河川で氾濫危険水位を超えた河川数は2015年に17だったが、19年は60と5年で約4倍に増加しました。都道府県管理河川では、氾濫危険水位を超えた河川数は2014年に59だったが、2019年には343と約6倍に増加していました。

 

近年の土砂災害発生件数は増加傾向にあります。ここ十数年間では豪雨に伴う大きな土砂街が多く、件数が1,000件以上を記録することも珍しくありません。2018年には「平成30年7月豪雨」と呼ばれている、2018年6月28日から7月8日にかけて西日本を中心に北海道や中部地方を含む全国的に広い範囲で発生した、台風7号および梅雨前線等の影響による集中豪雨によって、土砂災害が3,500件近く発生しています。

 

激化する豪雨災害に伴い、経済被害や住宅損傷も年々拡大しています。2019年の水害被害額は、全国で約 2 兆 1,800 億円となり、2004年の被害額(約 2 兆 200 億円)を上回り、過去最大となりました。被害家屋数も約 99,000 棟と、住宅・人的被害も過去最大を記録しています。静岡県や関東甲信地方、東北地方を中心に広い範囲で観測史上 1 位を更新する記録的大雨が原因で、全国 142 箇所で堤防が決壊するなど、甚大な被害が発生しました。

 

気候変動の被害を最も大きく受けるのは、直接排出に貢献していない貧困層と呼ばれる人たちです。世界的なNGOであるOxfamの調査によると、温室効果ガスの49%は世界人口の10%を占める富裕層と呼ばれる人たちにより排出されています。一方で、世界人口の50%を占める貧困層と呼ばれる人たちの排出量はわずか10%しかありません。 そして、ブリュッセル大学の研究レポートによると、所得の高い国に生まれた子供たちは、祖父母の世代よりも2倍多い頻度で異常気象を経験すると言われている一方で、低所得国に生まれた場合、その頻度は3倍になると言われており、社会的に脆弱な人たちほどその影響は大きく受けてしまいます。その結果、生活困窮や失業に追い込まれていき、格差がますます拡大していきます。

 

海水面の上昇や災害の増加に伴い「水没難民」と呼ばれる帰郷という選択肢のない人たちが近い未来に出現・増加するでしょう。温室効果ガス排出を抑制する取り組みが不十分で気温が3~4度上昇すると、沿岸部都市では大規模破壊が発生するとともに、移住に適さない環境になってしまうと言われています。世界全体では、2億8000万人が水没難民になるとみられており、日本では、名古屋と大阪の4人に1人が住む家を追われることが予測されています。

おわりに

本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。

気温上昇により豪雨が増加しています。全体の降水量としては減少をしていないものの、適切降雨日は減少し代わりにどっと降る日が増えています。まさに空を泳ぐ竜の如く、線状降水帯が空を多い始めています。

豪雨により海や川の水位は確実に上昇しています。大型台風等の上陸により、上昇した水位は河川氾濫・高潮・高波として、私たちが暮らす地域に押し寄せてきています。押し寄せてくるのは地上の水だけではありません。豪雨によって土石流や崩落が起こることで、山からも強い流れと共に土砂が押し寄せてくるのです。

これらの災害が頻繁化することで住居を流され、生産インフラも壊滅的なダメージを受けてしまいます。当たり前だった暮らしが数日間の間で崩壊してしまうことも十分あり得るでしょう。

被災し命の危機の瀕する人たちも出てくることでしょう。特に生活困窮者や社会的弱者は、その被害を著しく受けてしまいます。こうして、産業が衰退し、命の危機にさらされる地域を去る人たちが後を絶たず、豊かな山々や川に囲まれた地域から消滅してしまうのです。