水が枯れ現れた海底遺跡
2023.06.26
——— ここは、大陸のはるか東方に位置する島国。異国からはるばるこの地を訪れ旅する、一人の女の子の物語。悠久の歴史と四季折々の豊かな自然、世界最先端のクールな文化あふれる国…と聞いていたのですが、赴く先々には赤い雲が広がり、なんだか様子が少し違うようです…。
次の目的地は、この島の中心部に位置する、かつて広大な湖だったという琵琶枯。というのも昔はどこまでも広がる豊富な水が周りの街々の生活を支えてきたのだけれど、今ではどういうことか水がすっかり減り、なんとそこから湖底遺跡が出てきたとの大ニュース。さて、旅先でしたためた少女の日記をのぞいてみましょう。
駅につき、向かった先は湖底遺跡が出た噂の琵琶枯。湖底遺跡って、神秘的な感じとちょっと恐ろしい感じが入り混じってわくわくする。一体どんなものが出てきたんだろう。駅から湖だった場所までの道を歩いていると、私と同じように遺跡を見にやってきた人に出会った。ちょっと話しかけてみることに。
「あなたも見にきたの?気になるわよね〜!噂によると、その昔誰かがそこで暮らしていたような品々も発掘されているみたいよ!」
とっても気さくな女の人と一緒に湖まで歩きながら、ふと私が、どうして水が急になくなっちゃったんだろう、と言うとその人が教えてくれた。
「そうか、あなたはこの島の人じゃないから知らないわよね。ここ最近、この島は雨の日がめっきり減っちゃってね [05] 。そのせいで、そもそも山や川に流れる水も昔に比べるとものすごく減っているらしいわ [16]。私はその辺詳しくないんだけど、ニュースでは、そういったことがこの湖底遺跡出現の原因だって言ってたわ。」
そうこうしている間に、もう湖は目と鼻の先。高鳴る胸を押さえて近づくと…、当たり一面土色で、ひび割れた大地。その中に乱立する塔のようなものや何かの建物の壁らしきもの。なんだか映画の中にタイムズリップしたみたい…!至るところに船が置き去りにされている様子はここがかつて水中だったことを想像させる。
興奮さめやらず、湖の周りを歩いていると、水門のあたりになんだか物騒なものを発見。なんだかたくさんの張り紙がされている。なんて書いてあるんだろう…と思い眺めていると、管理人らしき作業服を着た人が。その人に尋ねてみると、
「この湖は豊かだった頃は、ここの水がたくさんの農地や工業用の水として使われていたんだ。でも今はこのありさま…。そこで、各地で水をめぐって暴動が起きてるんだよ。一部では、力のある大企業が水を独占していたり、都道府県間で共有している水源を取り合ったり。おかげで、この辺りでもデモやこうした張り紙がされるんだ。」
いままでこの湖底遺跡が見えないほどの水があったのだからいろんなところで困っているんだろう。そういえば、この湖のあたり、今では遺跡を見にくる人ばかりだけど、昔はどんな様子だったのかしら?
「昔?そうだね、水が豊かな時はそれは清々しい場所で、湖を観にくる観光客もたくさんいたよ。そんな観光に来た人が楽しんでいたのは、この辺でたくさん育てられていたブランド牛のステーキやコロッケ。水田もたくさんあったから、美味しいごはんも一緒に楽しんでいる人が多くいたな」
と、ちょっと懐かしそうに話していた。お腹も空いてきたし、ちょっと街の方に向かってみよう。
街の方に歩き、さっきの管理人さんに教えてもらった定食屋さんに入ってみた。なんでもここはこの辺りに住む人の行きつけらしい。店に入るやいなや常連さんたちの会話が聞こえてきた。
「もう、今月も水道代が高くて困っちゃうよ〜。」
「ほんとほんと!稼ぎのほとんどが水道代に消えちゃって、なんのために働いてるんだか!」
「もうこの町に住むのも厳しいし、引っ越さなきゃダメかな〜。先月もお隣さんが泣く泣く引っ越しを決めたって聞いてさ。なんたって、水源豊富な海沿いの街に行くんだって!」
ここの名物「湖底遺跡カレー」を頼み、待っている間も、天井近くにあるテレビから、ひっきりなしに水に関する話が流れてくる。お昼のニュースキャスターの声が届けるのはこんなニュースだった。
「先日、市内施設にて濾過装置の故障に気がつかず、汚染した雨水を飲料水として使用したとして、大規模な食中毒が発生しました[29]。」
「続いて、天気予報です。例年通り晴天が続き、今日で、22日連続の晴天となりました[05] 。 明日も雨雲の影はなく、このまま30日に達すると取水制限も余儀なくされる[23]ことでしょう。」
水がないことで、街の人の生活は大変なことになっているようだ。「お待たせしました、湖底遺跡カレーです」と運ばれてきたのは、遺跡をイメージしたゴロゴロとした野菜が浮かんでいる。ピリリと辛くて美味しい!
お水をください、とお店の人に頼むと
「お水一杯、100円になりますがよろしいですか? [22] 」
と一言。水が貴重なんだから、仕方ない。
ここ琵琶枯では、水って当たり前にあるものじゃないんだなと思い知らされた。それに、普段飲んだり手を洗ったり、お風呂に入ったり、そんな目に見えた水だけでなく、農業や工業いろんなところに水って使われているんだ。
今度は、若者人気再沸!とニュースで見た、人気のナイトスポット灶佐よるさこい祭にいてもみよう。
【 このエピソードに出てくる未来事象 】
[05]降雨日の減少
[16]河川・湖の水量減少
[22]水・食料価格の高騰
[23]取水制限
[29]感染症の増加・流行
日本全国の降雨日が減少傾向にあります。日降水量1.0mm以上の日数は減少し、弱い降水も含めた降水の日数は減少しています。一方、日降水量が100mm以上の大雨の日数や1時間降水量50mm以上の短時間強雨の発生回数が増加しています。RCP8.5シナリオを用いた予測によると、21世紀末においては短時間強雨の発生回数が全ての地域・季節で増加することが予測されています。適切な雨が降る日が日本から消えてまうかもしれません。
世界中の河川・湖が気候変動により失われています。ボリビアのポポ湖は、アンデス山脈にある高地湖でしたが、過去20年間で水位が下がり、2015年に完全に消滅しました。原因は、温暖化による氷河の融解と、周辺の農業での水の過剰使用による水不足です。 アフリカのチャド湖は、サヘル地域で最大の湖でしたが、温暖化による気候変動と、周辺地域での過剰な水の使用により、約90%の面積を失いました。 カリフォルニア州のクアリコ湖は、カリフォルニア州南部の砂漠地帯にある湖でしたが、長期間の干ばつと、過剰な水の使用により、水位が低下し、湖の面積が減少しました。
世界中で、水・食料価格の高騰はすでに起き始めています。2003年に欧州全体を襲ったヨーロッパ大熱波は、農業に大きな影響を与えました。フランスやイタリアなどで小麦やぶどう、トマトなどの収穫量が大幅に減少し、それに伴い価格も高騰しました。2018年には、日本全国で異常気象が続き、北海道や西日本を中心に豪雨や台風などの災害が相次ぎました。これにより野菜や果物などの収穫量が減少し、価格が高騰しました。気候変動による影響がさらに進行した場合、日本での水・食料価格の高騰が懸念されています。水については、異常気象による渇水や豪雨による浸水被害が増加し、取水制限や治水対策のコストが上昇することで水道料金の値上がりが起こる可能性があります。また、農作物については、異常気象による影響が懸念され、収穫量の減少や品質の低下が生じることで価格が上昇することが考えられます。
日本では、過去に1939年の琵琶湖大渇水、1964年の東京オリンピック渇水、1973年の高松渇水、1978年の福岡渇水などの大規模な渇水が発生し、1994年の列島渇水では全国で約1,600万人が影響を受け、約1,400億円の農作物被害が発生しました。近年も四国地方で渇水が多発しており、減断水の発生状況が懸念されています。今後は、大雨による水害、降水量の変動、熱波による水需要の増加などにより、断水・取水制限がより著しく生じる可能性があります。
本エピソードで描かれている気候変動に伴う未来の出来事の因果関係は次のマップの通りです。
これまでのエピソードでもご紹介してきたように、気温上昇に伴い猛暑日の増加や降雨日の減少が発生し、私たちの暮らしも大きく変わりうる状態になってしまいます。
その結果が今回のエピソードで描かれていた湖の消滅です。非常に重要な水資源であり文化資源である湖が枯渇をすることは、地域にとって非常に大きな損失をもたらします。一つが地場産業の衰退です。湖を中心とした産業を創出してきた地域にとって、一次産業やレジャー産業に与える影響は計り知れません。
また地域住民への安心で安全な暮らしも脅かされてしまいます。取水制限や食料・水価格の高騰など私たちの生活に当たり前にあるものがなくなっていくことで、当たり前の暮らしがもはや担保されない時代に突入しています。私たちに人間にとって生命のライフライン、それが河川や湖がもたらしてくれる水なのです。
参考リンク
気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018
地図から消えた湖、気候変動と開発で干上がった避暑地 チリ
トルコのトゥズ湖、気候変動と農業で干上がる
欧州の約6割で干ばつの危険、過去500年で最悪の状態=EU調査